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  • 執筆者の写真山中勇樹

【書評】日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学

更新日:2021年8月20日


『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』

著者:小熊英二

出版社:講談社/ISBN:9784065154298



日本の構造的問題を理解するための3つの分類とは


 この閉塞感はなんだろう――。


 なぜこの国は、先進国の一員とされ、他国と比較しても平和的で民主的な社会を実現しているのに、得も言われぬ“生き辛さ”が蔓延しているのだろう。そのもととなる違和感はどこから生じているのか。


 もし、あなたがそのような疑問をいだいているのであれば、ぜひ読んでいただきたい本がある。『民主と愛国』や『社会を変えるには』など、膨大な資料を精緻に調査し、渉猟し、理路整然とまとめあげる類まれな手腕で知られる社会学者、小熊英二氏。その氏が2019年に上梓した、その名も『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学(講談社現代新書)』である。


 新書とはいえ、ページ数は実に600超。その分厚さに圧倒される方も多いかと思うが、あにはからんや、論旨は非常に明快。文章もわかりやすい。それこそ、冒頭の問いに対するヒントを得たいだけなら、第一章と第二章だけ熟読すれば事足りるだろう(ちなみに氏は、東大を卒業して岩波書店に入社し、その後に慶應義塾大学教授になっている。文章力や編集の腕前は折り紙付きというわけだ)。本稿では、そのさわりの部分だけ紹介したい。


 本書の特徴は、現代日本人の“生き方”を三つに分類していることにある。その三つとは、「大企業型」「地元型」「残余型」である。大企業型とは、大学を卒業して大企業や官庁に入り、正社員・終身雇用の人生をすごす人(およびその家族)のことだ。俗に言う「勝ち組」などと呼ばれることもある人々だが、一方で、地域に足場を失いがちであり、かつ遠距離通勤に悩まされることも多い。


 次に地元型は、地元の中学や高校を卒業し、そのまま地元で職に就く人(およびその家族)のことだ。職種は多様で、農業から自営業、地場産業まで様々。収入は大企業より少なくなりがちだが、実家を引き継げたり、地域のつながりもあったりなど、利点も多い。


 では、これらの分類から何がわかるのか。実は、ここから、日本社会を取り巻く閉塞感や違和感の一端を垣間見ることができる。たとえば、待機児童問題について考えてみよう。それを日本全国に広く知らしめるきっかけとなった「日本死ね」というブログ記事は記憶にも新しいが、その内容に共感したのは主に都市部の人間、つまり大企業型の人であったと思われる。


 事実、SNS上には、おそらく地元型の人が投稿したであろう「田舎では園児が少なくて困っています。大都市の人の感覚だけで大騒ぎされても白けます」などの意見も見られた。それを裏付けるかのように、11の都府県では待機児童がゼロだったのだ。


 このように、社会問題一つとっても、大企業型と地元型では肌感覚が異なる。当然、意見も違う。とくに政治的な事柄について考えてみると、地盤や縁がある地元型の人の意見が伝わりやすくなることは想像に難くない。ここに、閉塞感や違和感のもとがある。


 ただし、日本社会の問題は、大企業型と地元型の格差だけにあるのではない。そのどちらにも属していない人、つまり長期雇用もされておらず地域に足場のない人が増えていることにこそ、問題の根っこがあるという。いわゆる、本書における「残余型」である。


 残余型の象徴的な存在は、都市部の非正規労働者である。加えて、地元を離れて働く中小企業の社員や自営業者も、転職などで終身雇用されなければそこに含まれる。残余型の特徴について、本書ではこう記されている。


所得は低く、地域につながりもなく、高齢になっても持ち家がなく、年金は少ない。いわば、『大企業型』と『地元型』のマイナス面を集めたような類型である。

(『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』より引用)


 大企業型と地元型の格差に加えて、そのどちらにも分類されない残余型との格差。このような入り組んだ構造によって、日本社会には、閉塞感や違和感だけでなく多様な生き辛さが生じているのではないだろうか。


 ちなみに本書では、大企業型が26%、地元型が36%、残り(38%)が残余型と計算されている。それぞれ3割前後で均衡していることも、格差のもとになっていると思われる。このような分類から日本社会を繙いてみると、見える景色も変わるだろう。


 もちろん本書で分析されている内容は、新型コロナウイルス(COVID‑19)の世界的な蔓延において、前提自体が変わってしまったものもある(たとえば転勤、移動、投票行動など)。しかし重要なのは、こうした外部環境の変化によって明らかになる各々の立場の違いであり、そこから生じる意思決定の中身、さらにはそれらがもたらす違和感である。


 さて本書では、第二章で「日本の働き方、世界の働き方」についてふれつつ、三章以降では、歴史的な視点から日本社会のしくみを概観している。そのキーワードとなる「学歴」や「雇用形態」についてさらに掘り下げてみたい方は、ぜひ本書を手にとっていただきたい。

 

山中勇樹(やまなか・ゆうき)

ライター。大学卒業後、マンションデベロッパー、人材ベンチャー企業にて営業を経験。仕事をするかたわら文章執筆の依頼を受け、2013年にフリーのライターとして独立。ブックライティング、インタビュー取材、企業のWEBコンテンツ作成やオウンドメディア運営など、幅広い編集・執筆業務に従事。ブックライティング実績は100冊超。

「コジゲン」http://kojigen.com/

 

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