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尾道日々是好日(10) ああ、愛しのタコヤキバー「Slits」の話



マンガ家、ふじいむつこさんが尾道に暮らす人々を描く「尾道日々是好日」。第10回は尾道一の歓楽街、新開に店を構えるタコヤキバー「Slits」。紆余曲折を経て尾道にたどり着き、バーを開店するに至ったオーナー夫妻。外側からやってきた二人だから見える尾道とは。



尾道の夜の2軒目の定番といえば……


 社会人になってやってみたかったことの一つが、バーや居酒屋に一人で飲みにいくことだった。でもやはり少し怖いという気持ちが勝って、尾道に来てからも、兄と一緒に飲みにいくのがデフォルトとなっていた。


 兄が2軒目に行く、もしくは私を電話で「お前飲みに来る?」と呼び出すのはいつも決まってそこだ。今となっては1人でも足繁く通うお店の1つである。


「タコヤキバーSlits(スリッツ)」



 尾道一の歓楽街、新開を歩く。昭和チックなカラオケスナックたちを通り過ぎて、赤い看板が目印。扉を引くと、真っ赤な壁に黒いカウンターがきらりと光る。「いらっしゃい」と声をかけてくれるのが、キャップに黒縁メガネがイカす店主のケンさんとボブヘアとえくぼが素敵な奥さんのクウさんだ。


 カウンターの奥にずらっと並ぶお酒の数々、照明を反射して美しく光るグラスたち、タバコの匂い、お酒を片手に語らう人々、めくるめく大人の世界が広がる。



 スリッツはタコヤキバーという名の通り、たこ焼きを食べることができるバーである。しかし、たこ焼きだけではなく、特製のローストビーフ、パテ・ド・カンパーニュ、自家製ピクルス、冬季限定のおでんなどのフードも魅力的だ。


 兄に最初連れられてきたときは、「尾道で安心して飲むことができるお店の1つ」と紹介され、「飲みに行くならスリッツにしときなさい」と言われたことがあるほど、女子1人でも入りやすいお店である。


 というのもケンさんとクウさんの存在が大きい。長いカウンターのお店にも関わらず、奥の席まで目を光らせてくれている。2人には「大したことないよ」と言われそうだが、それでもやはりカウンターの中で調理や接客もしながら、遠くの席まで気を配らせるのは並大抵のことではない。「クウ、あれとってー」「容器とってー」と息ぴったりな2人のテキパキした動きはついつい見とれてしまう。


 

 それもそのはず、2人は尾道に移住する前、大阪でダイニングバーを営んでいた。広島県三次市出身のケンさんと京都府京丹後市出身のクウさんはそれぞれ高校卒業後、進学で大阪にやってきた。


 ケンさんが29歳のとき、友人とスリッツというアパレルブランドを立ち上げる。そんな時、ひょんなことからクウさんと出会い、クウさんもブランドを手伝うようになった。ちなみに今でも「Slits Clothing」という名で服のデザイン、製作から販売を手がけている。


 その後、服屋でライブイベントなども行うようになり、やってきたアーティストに自宅でご飯をごちそうするようになった。はじめは鍋料理だったが、凝り性で手先の器用なケンさんは「次は前菜も用意するか」と次第にこだわるようになる。気づけば料理自体が楽しくなっていったのだという。


 スリッツを立ち上げて、10年ぐらい経った頃、大阪にてダイニングバースリッツがオープンする。もともと服屋の事務所として借りていた建物だったが、気づけばガッツリ飲食店になっていったそうだ。料理はすべて独学だというから驚きであるが、そもそも友人たちに振る舞っていた料理の延長でお店をはじめたので、「あくまで趣味」とケンさんは言う。


 しかし、お店をするなら「素人だと思われたくない」と負けず嫌いな性格に火がついた。お店が軌道に乗ると、ランチ営業もはじめるようになり、忙しさに拍車がかかった。当時をふり返って、2人は「大阪のときはピリピリしとった」と語る。



大阪スリッツ5周年で閉店、そして尾道へ……


 そんな2人が尾道を訪れたのは、ケンさんの実家への里帰りの途中、寄り道がてらに立ち寄ったのが最初だった。もともと旅行好きな2人は雑誌で尾道の記事を見つけ、クウさんが「ケンちゃん、尾道ってどこ? 寄れそう?」と聞いたのがきっかけとなった。初めての尾道は、本当にお昼ご飯に尾道ラーメンを食べるだけだったが、かねてより「海の近くに住みたい」と思っていたので「尾道、いいね」と感じたのだという。


 そんなとき、ケンさんの実家から「近くに帰ってきてほしい」と言われていたことや大阪のスリッツが5周年を迎えるタイミングで借りていた店舗ビルのオーナーとうまくいってなかったことが重なり、尾道への移住が現実味を帯びていった。


 2回目に尾道に訪れるときには、もう市場調査も兼ねて居酒屋やバーを巡り、交流を深めた。そして大阪のスリッツが5周年を迎えると同時に、お店は閉店。辞めて3カ月ほど旅行しつつ、尾道で店舗と住居を探した。これが中々、難航したという。知り合いもツテもあまりない40前後の中年夫婦に、二つ返事で貸してくれる場所は中々見つからなかったのだ。


 しかし、新開で今の店舗となる物件が見つかる。駅から徒歩20分はかかる新開は候補地として「ない」と思っていたが、内装を見て、どことなくケンさんが昔働いていた、お酒を学んだお店に似てると感じた。結果、その場所で他の人がお店をしていることは想像できず、そこでお店を始めることに決める。


 そして尾道で昼の仕事をしながら、開店準備に取り掛かる。大御所ぞろいの地域、その場所で何をやったら売れるかを模索した結果がタコヤキバーだった。そうして、今年で5周年。大阪時代より仕入れが遠くて大変だが、大阪よりもはるかにのんびりと生活できていることは確かだ。「昼間にジム行ったりとかそんな生活ができるとは思わなかった」とケンさんは言う。「あのまま大阪でお店を続けていたら、いずれ体を壊していただろうし、嫁に捨てられたわ」と笑って話すことができるのも今の生活があるからこそだろう。


 2人に今後のことを尋ねるも「うちらは行き当たりばったりじゃけぇ、これからどうなるかはわからん」と言う。「でもケンちゃん、10年後もたこ焼き焼いていそうよね」とクウさんは笑いながら言った。



これから尾道でお店を始める人へ


 2人に尾道でお店を始める人に伝えたいことについて質問すると、すらりと答えてくれた。尾道は物件も安価でお店をスタートしやすい。しかし、0円で始められることはない。そして、物件を借りるときもしっかりと不動産、大家さん、ご近所さんとしっかりとコミュニュケーションをとること。尾道の人たちはやさしい。けれど、それに甘えすぎてはいけない。何より、今尾道の人たちがヨソから来た人たちを温かく迎え入れてくれるのは、地元の人たちとヨソからやって来た人たちが一緒になって、その土台を築き上げてきてくれたからだ。


 そういった経緯もわからないまま、また聞きした状態でその恩恵を無償で得られると考えることは、借りる相手にも今お店を開けている人たちにも失礼なことだ。現にトラブルがあって「もう貸したくない」という大家さんもいる。だからこそ、これからお店を始める人には礼儀正しくあってほしいと願う。


 スリッツも「大阪に戻ったらいい」とお客さんからビールをかけられたことがあった。お店をはじめて1〜2年は「ヨソの人のお店」という認識を持たれることは覚悟する必要がある。それでも、ずっと来てくれるお客さんはいる。そうやってお店を大切にしてくれるお客さんを大切にすることだ。



 そのためにもお店は開け続ける必要はある。仕事について「あくまで趣味」と言うケンさんは続けてこうも言った。「趣味じゃけど、好きなことを仕事にするなら、そのための努力はするよ」。


 その言葉通り、スリッツのフードメニューは日々更新され、オープンのお知らせのインスタグラムの投稿も欠かさない。年末や周年にはイベントを企画する。何より、決めた定休日通りにお店を日々開け続けている。当たり前のように開いているお店に当たり前のように入れることは実はすごいことなのだ。


 西日本豪雨のときも水をポリタンクに入れて、その水がある限り、営業を続けた。心無い人に「こんなときでも商売か」と言われたこともある。それでも、実家が遠方で避難することもできない人がいると思って、お店を開け続けた。


 コロナ禍で夜の営業ができないときも昼間のうどん営業に切り替えた。「チャンスだと思ったから」なんておどけて言うが、「開けられるんやったら開けよう」とお店の灯りを灯し続けた。


「お店は開けてなんぼやからね」というケンさん。スリッツの存在に救われてきた人はたくさんいるだろう。私もその1人だ。


 尾道に移住してから順風満帆ではない日が続き、シェアハウスにひとりぼっちになったときがあった。世の中はクリスマス、なんだかとってもみじめな気持ちになった。外に出る。新開をとぼとぼ歩く、赤いランプに誘われて、気づいたらその扉を引いていた。


 クウさんが「むっちゃんが来てくれた!」と笑って迎え入れてくれた。キッチンの奥のケンさんと目が合う。それが、そんなことがすごくうれしかった。

頼んだおでんを前にして涙が出そうになる。私が行きたいと思っていたおでんのお店はもう閉店してしまって、もうその扉は開くことはできない。でも、今、開くことができる扉がある。それがスリッツだ。


 夜の灯りは不要不急か。否、夜の灯りは、やさしさだ、希望だ、非常口だ。行き場のない私にひと時の居場所を与えてくれたこのお店が、2人が、私は大好きだ。それ以上の言葉が見つからない。だから灯し続けてくれる灯りがある限り、少ないお金を握りしめて、ヘラヘラと今日も飲みに行く。


 本連載を読んだ方とスリッツで居合わすことができたなら、しこたま、でも礼儀正しく、一緒に飲みましょう。

 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk


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