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  • 執筆者の写真Byakuya Biz Books

「北海道移住ドラフト会議」を手がける仕掛け人の頭の中

更新日:2021年8月20日


(画像提供:大人)


加速度的な人口減少を背景に、地方自治体は人材の確保に頭を悩ませている。一方で、テクノロジーの進化でどこでも働けるようになったことも後押しして、地元で働くことを選択肢の一つと考える人も増えてきた。そんな双方をマッチングさせるのが移住イベントだ。そして、数ある移住イベントのなかでも、ひときわ異彩を放つのが、北海道移住ドラフト会議である。手がけるのは(株)大人というユニークな名前の会社の代表を務める五十嵐慎一郎さん。東京大学を卒業後、不動産会社での勤務を経て、地元の札幌で起業したという五十嵐さんの頭の中をのぞいてみよう。



偶然の出会いと指名が魅力の移住イベント


北海道移住ドラフト会議は、野球のドラフト会議を模したマッチングイベントです。道内の自治体や企業・団体が野球の球団側として、移住やUターンを検討している人がドラフト候補生として選手エントリーし、地域側が移住者を一方的に指名するという仕組みをとっています。


だから、マッチングというよりは、予想できない運命の出会いをつくるイメージですね。ホテルの会場で球団(地域)と指名選手(移住希望者)が分かれて座り、人気の移住者は指名が重なると抽選になります。抽選の結果は悲喜こもごも。毎回数々の人間ドラマがくり広げられるんです。


移住ドラフト会議の最大の魅力は偶然の出会いと指名。「あなたに来てほしい」というラブコールは一度は受けてみたいもの(画像提供:大人)


自分たちが指名した人がほかの企業や地域に取られてしまうのは、なかなかツライ(画像提供:大人)


移住ドラフト会議のアイデアは鹿児島移住計画のメンバーが思いついたもので、北海道におもしろい人材を呼び込みたくて、アレンジして取り入れました。


他の地域と同様、北海道でも、若い世代は東京に出て行きます。給料も違えば、できる仕事のスケールも違うからです。でも、「いつか北海道に帰りたい」という人たちも多くて。たとえ帰らなくても、北海道に貢献したいという気持ちが強い人もいます。


北海道と東京を比べたとき、たしかに北海道だと給料水準は低いかもしれませんが、家賃などの暮らしのコストも下がるという側面もあります。


メシがうまかったり、自然が豊かだったり、街がコンパクトにまとまっていたり。1時間も満員電車に乗ることもなければ、子育て環境も水と空気がおいしいし。ライフスタイル含めた、個人の価値観次第で、北海道は有力な候補だと思います。


五十嵐慎一郎さん。1983年北海道小樽市生まれ。東京大学建築学科卒


北海道って、「北海道」だけで付加価値がついているんです。「北海道物産展」といえば百貨店の最強コンテンツじゃないですか。アジアでは「一生に一度は行ってみたい北海道」と言われるくらい。とくに何もしてないのにブランドとして確立しているんです。


でも、各自治体はそのことに気づいていないし、うまく発信もできていない。北海道にも大小さまざまな移住イベントがありますけど、移住希望者がブースをまわって話を聞くスタイルでは限界がありますから。


移住ドラフト会議は2018年にはじめて開催して、徐々に知名度が上がってきました。ドラマ性の強いイベントを実施することで、北海道の移住シーンに新たな風を吹かすことができているんじゃないかと思っています。


2019年は30名の選手、12の自治体や企業が参加。道内で新しい動きをしている自治体や企業、NPOと、北海道で何かしたいという人たちが一堂に会する(画像提供:大人)



会社という組織が肌に合わず、地元の札幌で起業


僕が北海道にはポテンシャルがあるとしっかり認識できたのは、大学も就職も東京で、北海道を相対的に見ることができたからかもしれません。


今は北海道を拠点にお店や施設の企画・プロデュース、イベント、デザインなどを手がけていますが、大学を卒業して就職したのは東京の不動産会社でした。


大学時代は建築を学んでいたんですけど、クライアントがいて図面に線を引くというある意味、受け身な仕事だけでなく、そもそもゼロベースで地域へのインパクト、空間デザイン・事業性といった諸々を含めた「川上」とも言える企画の部分や、「川下」と言える運営やコミュニティといった場の使い方にも興味がありました。「この街にこんな場所があったらいいよね」とか、「この施設にこんなお店があったらいいよね」とか。


場所の価値って、運営する人や出入りする人によってゼロにも100にもなります。何も考えずにハコだけつくったら、ムダに豪華だけど誰も使わない公共施設になってしまったりする。だから、もっと川上から携わることができないか模索していたんです。


以前勤めていた不動産会社では、銀座の「the SNACK(ザ・スナック)」というコワーキングスペースを企画させてもらいました。今では考えられないんですけど、当時の銀座はリーマンショックと東日本大震災で不動産の価格が底値だったんです。


銀座一等地のコワーキングカフェ「the SNACK」(2018年閉店/画像提供:大人)


当然、ビルでもテナントの空きが出ていて、たまたま縁のあったビルから何か活用できないか相談を受けて、僕が担当することになりました。


新卒2年目だったかな。コワーキングスペースの黎明期で、知識も経験もなかったから、すべて手探りでした。最初は看板もない、入口には木のアンティークのドアだけがある隠れ家のようなたたずまいで。


ホームページも江戸の古地図をバックに、ドクロが高速で動いているんです。さらに、そのドクロをクリックしないと次のページに進めないというタチの悪さ(笑)。そんなコンセプトをおもしろがってくれるような人に来てもらおうとしていました。


そのときの出会いや縁が今の僕を支えてくれてもいるんですけど、1年目から一般的な会社員の働き方に限界を感じていました。一つの企業で勤め上げる姿を想像することができなかった。皆と同じことをするのがイヤなわけではないけど、組織の論理に納得できない事が多かったんです。


そして、2016年に独立して、地元の札幌で(株)大人を立ち上げました。ユニークなメンバーの加入に従い、事業も増え、現在の主な事業は4つほどあります。企画・プロデュース業を行う五十嵐部、店舗運営チーム、インバウンドウェディングチーム、スポーツ球団のWEB更新やカスタマーサービスを行うチーム、というふうに動いている会社です。


五十嵐部というのは僕が自分一人でいろいろ動き回る部署です(笑)。北海道の活性化に向けた企画や、移住ドラフト会議、鎌倉から滋賀まで歩いた「歩んで舞る」など、会社の課外活動のような位置づけです。



広告塔として445キロを歩く


「歩んで舞る」は、鎌倉から滋賀の野々宮神社までの445キロを20日間かけて歩き、滋賀県は東近江市の野々宮神社で行われる「奉納舞」をおこなうというプロジェクトです。


僕と友人のOBAというダンサーの2人で歩いたんですけど、彼はPopping(ロボットダンスのような動きをする)ジャンルの第一人者なんです。ある映画で「日の入りの神」という役柄を演じたとき、禊もかねて、鎌倉から出雲大社までの767キロを各地の神社をまわりながら踏破したという変わった男です。


そのOBAに、野々宮神社の宮司さんから「野々宮神社の拝殿で舞いを奉納してほしい」とオファーがあったんです。そして、宮司さんの「地域の若い人たちに神社の鳥居をくぐるきっかけをつくりたい」という思いに応えようと快諾したわけです。


ところが、彼が現地への視察・打ち合わせを進めるなかで突き当たった大きな壁が予算でした。プロのダンサーとして人前で舞うにあたって、必要最低限の演出や運営、撮影を含めたイベントの見積もりは、神社から用意していただいた金額とは一ケタ違ったんです。


このままでは約100万円の負債を抱えるだけ。そんな彼から相談を受けて、2人で出した答えは、いろいろ省略すると、僕ら2人が広告塔として、道中を宣伝しながら歩くことでした(笑)。


一本歯下駄と地下足袋スタイル、そしてデニム着物という異様に目立つ姿で歩いた(画像提供:大人)


資金はクラウドファンディングで集めました。特設サイトをつくり、GPSによる現在地共有とともに、道中での歩みや交流といった筋書きなしの珍道中(ドキュメンタリー映像)を世界中へ発信したんです。


道中を歩くことは、資金集めのプロモーションとしての意味合いが大きかったんですけど、人類共通の「歩く」という行為を選んだことで、多くの人が身近に感じることができて、エンタメとしても楽しんでもらえました。


「本当に歩いてるぞ!」と応援に来てくれたり、道行く人に話しかけられたり。ジュースやお菓子、寄付もいただきましたね。僕らの知らないところで「SNS勝手に応援団」というのができたりして、大きく盛り上がりました。


そして20日間歩き続け、奉納舞には200人以上の方が来てくれました。クラウドファンディングも112万2000円が集まり、奉納舞は無事に成功を収めることができたんです。



これからは「個人」の付加価値が大きくなる


僕はこれまで、自分のアンテナに従い、「おもしろい」「美しい」「意味がある」と思う方向に動いてきたし、それをまわりの人たちもおもしろがってもらい、ジョインしてもらうことで活動を続けてきました。何に価値を感じるかは人それぞれだと思いますけど、これからはより「個人」の付加価値が大きくなっていくと思いますね。


最近、僕はユニクロか知り合いの服しか買ってないんですけど、世の中もそんな状態がどんどん進んでいる。つまり、圧倒的に安くて高品質か、顔の見えるものが買われていくんです。


あの人が、このチームが、この会社が選んだものに価値がついていく。そういう意味では、移住ドラフト会議は自治体の主催ではできないことです。北海道が主催したら、特定の街だけ選ぶといった、えこひいきはできませんよね。


がんばっている人、専門性のある人、ビジョンに共感できる人、波長が合う人……人にはいろいろなタイプがあります。僕は飽きっぽいから、物事を継続できる人がいないと組織は成り立たない。だから、自分に合ったことで「個人」を出していけばいいと思います。


ただ、自分の価値判断の軸はしっかりもつべきです。上司が言ったから、周囲の人間が言ったからではなく、自分の価値観でジャッジメントすべき。僕の場合、その一つが「おもしろい」ことでした。


どんなプロジェクトも友達と遊んでいる延長のようなものです。おもしろいものを見つけて、皆でやってみよう、行ってみようという感覚です。


「失敗」の定義がないという五十嵐さん。「これまでの失敗はなんですか?」と質問されてもパッと思い浮かばないとか。いわゆるたくさんの失敗も見方を変えれば、今の糧となっているし、忘れやすい性格だからとのこと


新しいことをはじめるのは不安かもしれません。でも、それは「外」を知らないからかもしれない。一つの場所にずっといたら、どうしても視野がせまくなってしまいます。枠を広げてみたり、その枠自体を変えてみたりすることで、見える景色は変わるものなので。


移住ドラフト会議をはじめ、北海道に人を呼び込む活動をしていますけど、一方で学生向けには「札幌脱出計画」も開催しています。ずっと道内にいたら、何がよくて何が悪いかなんてわからないんです。だから、「とりあえず、一度、飛び立ってこい」と。ブーメラン効果ですね。バンと思い切り投げたほうが、しっかり戻ってくるものです。


どこかへ移住したり、脱出しなくても、いろいろな人と会ってみることが、外を知る大きなヒントになるはずです。「そんな仕事があるんだ」とか、「こんな価値観もあるんだ」とか、自分の知らない世界に触れるのは人と会うのが一番ですから。



 

北海道移住ドラフト会議

移住やUターンを検討している方を自治体や企業が指名し、交渉権を獲得する移住マッチングイベント。毎年開催。

 

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