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町家を活用した「HOTEL 講 大津百町」に見る、中小企業の町おこし

更新日:9月17日



滋賀県大津市に2019年にオープンした「HOTEL 講 大津百町」。さびれた商店街を復活させたこのプロジェクトは多くのメディアでも取り上げられた。成功の裏には何があったのか? プロジェクトの中心人物である株式会社木の家専門店 谷口工務店の代表取締役、谷口弘和さんに聞いた。中小企業の進む道や地方創生に役立つヒントを教えていただこう。



さびれた県庁所在地・大津市を再生させる!


大津市は滋賀県の県庁所在地だ。かつて豊臣秀吉の時代には大いに栄えた宿場町(宿泊施設を中心に発達した商業集落)で、東海道五十三次の最後の宿場町でもある。本州のほぼ中心に位置する東海道の要所でもあり、京阪神・中京・北陸を結ぶ経済と交通の要として、昔から人と物資が行きかう町だった。


滋賀県の地図。琵琶湖を中央に、南に大津市がある


ところが、大津がにぎわいを見せていたのははるか昔。昭和・平成と時代が進むにつれて、どんどん元気をなくし、一時は県庁所在地としてはなんともさびしい場所になってしまった。そこで立ち上がったのが谷口工務店の代表取締役、谷口弘和さんだ。


「私が大津市のさびれっぷりを実感したのは、2015~16年ごろです。当時、京都方面からの仕事依頼が増え、その方面への支店を開くために大津市の現地を訪れたのですが、とても元気がない町に見えましたね」


谷口工務店は滋賀県蒲生郡竜王町に本社を構える住宅建設を専門とする会社。18期連続増収と、右肩上がりの成長を続けている。その特徴はなんといっても、関西ナンバー1の社員大工数を誇ること。


「たしかにさびれた町でしたが、私はここを再生したいと思ったんです。2003年10月に古都保存法に基づいて全国で10番目の古都にも指定されるほど、歴史の風情を残した町屋の古民家が何軒も存在していました。実際、京都は幕末の戦乱期の大火でほとんどが消失しましたが、大津は大きな災害や戦乱がなく、江戸後期の京町家の特徴が多く残る建物が現存しているんです。


そして、その古民家は何百年も前の大工たちの技術の結晶であり、当時の家づくりの方法を色濃く残す貴重な有形財産です。老朽化を理由に取り壊されることを知り、何とか残そうと、私の大工魂に火が点いたわけです」


そして、まずは2016年7月に駅前に古民家を改修した同社の支社を完成させ、本格的にまちづくりに参加することになった。


谷口弘和(たにぐち・ひろかず)さん。昭和47年生まれ。大工棟梁の父をもち、幼少期から将来は大工になる決意をする。彦根工業高校卒業後、大手ハウスメーカーに就職し、4年後に下請け工務店「谷口工務店」として独立。2002年に元請け工務店としてスタート。その後、毎年右肩上がりの成長を続ける



町おこしに立ちはだかる「お金」の問題


町おこしに参加するのは市役所の職員や町おこし団体が一般的だ。そこに谷口工務店が加わり、三者で取り組むことになった。谷口さんは大津市の町おこし団体の会合に月1回は顔を出していたそう。


「地方都市はどこも過疎化の問題を抱えていて、さびれた町を立て直す町おこしを考える地元企業が少なくありません。そういった企業や個人店、さらに役所も加わって町おこしを考えるのですが、往々にしてうまくいかないのが現実です。


なぜなら、アイデアは出ても結局はお金の問題で行き詰まるからです。要するに『誰が金を出すか?』という話になると、みんな及び腰になるのです。アイデアは出る。でもお金は出ない。こんな状況で時間が過ぎていくのをムダに感じていた私は『だったら自分たちでやろう』と考えました」


中小企業が主体となって行う町おこし。どんなプロジェクトなら成功するか? 町おこし団体の会合に参加する日々が続く中、こんな話を耳にする。


「経営合理化協会に所属していた私の仲間が、この古民家改修ビジネススキームに興味を持ってくれたんです。そして『ホテルにすると利益も出る』という話をしてくれた。ちょうど京都で同じような古民家をホテルに改修したビジネスがブームになっていて、一棟貸しのホテルを10万円以上で貸せている実例があったのです。


必要なホテルの数は5軒。経費を試算すると約2億円。しかも、5年で元が取れる計算でした(最終的には7棟、4億円規模となった)。ワクワクできて大津のためにもなって、しかも利益が出る。私はさっそく『大工集団による町おこしプロジェクト』のプレゼン資料を書き上げ、滋賀県の銀行に融資をお願いしに行きました」


HOTEL 講 大津百町。町屋の雰囲気を残しつつ、現代に合わせてリノベーションされた


ところが、話はそう簡単には進まなかった。市内の銀行すべてに融資を断られてしまったのだ。


「理由は簡単で、京都に近すぎることでした。大津市から京都市までJRでたった9分。京都は日本一の観光地です。わざわざ大津に宿泊する人はいない、という至極まっとうな意見でした。たしかに、ちょっと浮かれすぎていたか……となかばあきらめていたとき、ある情報が飛び込んできました。


経産省が、インバウンド対策で補助金を最大で1億円まで出すというのです。2017年のことでした。すぐに関係各所の協力を得て書類を作成。一次審査を通過すると、同年2月中旬、東京・永田町でプレゼンを行いました。その結果、『町おこしと地方再生、商店街の活性、インバウンド。すべて入っていておもしろい』という評価を得て、1億円の補助金が決まりました。


それからはあっという間でした。最初は断られた銀行からも協力が得られ、最終的に2億円の融資を得ることができたのです。こうして、正式に滋賀県大津市での『HOTEL 講 大津百町』という町おこしプロジェクトはスタートしました」



全国の大工が集結! 半年で古民家7棟をホテルに改修する


「資金のめどがついたことで、2017年4月から古民家再生に取りかかりました。期限は1年。国からの補助金をもらうためには、2018年3月末までに工事を完了させる必要があったのです。さらに、古民家改修は準備で半年かかります。つまり、実際の工事に割けるのはたったの6カ月でした」


ゼロからホテルを建てるのと、現存するものを解体しつつ、必要な部分を再利用しながら建て替えるのとではその手間は大きく異なる。特に古民家ともなると、すべてが手作業になるため、非常に時間がかかるのだ。


「古民家の改修には大工としての腕も試されます。江戸時代から大正、昭和と長い年月をかけて増築を重ねた骨太な丸太組みをはじめ、木の組み方が現代のそれとはまるで異なりました。また、古民家改修には予想外のことが起こると覚悟していましたが、それでも多すぎました。


柱が壁の奥に埋められていて一見すると大丈夫でも、壁をはがしてみるとシロアリに食われている。柱が腐っている。天井も雨漏りで痛んでいる……。天井も柱も床もすべて取り換えなければならないことすらありました。その結果、作業が徐々に遅れていきました。工事の期限は2018年3月。これを動かすことはできません」


作業は夜を徹して行われたことも


2018年2月末の時点で、7棟のうち6棟は完成。しかし、一番大きな古民家が残っていた。残り1カ月で古民家1棟の工事。新築でもむずかしいはずだが、さらに手間のかかる古民家改修。当時は社内でも「間に合わない」という声が上がったそうだ。


「私は伝手を頼って知り合いの工務店に連絡しました。創業当時に知り合った人脈に電話をかけたのです。その結果、県内だけでなく、愛知県、岐阜県、岡山県、広島県など、日本各地から腕に自身のある何十人もの大工が大津に集まってくれました」


こうして、日本各地の大工の力を借りながら、2018年3月31日に無事に全行程が終了。全7棟からなる「HOTEL 講 大津百町」が完成した。


「商店街で空き家となった町家を利用というコンセプトは生かしつつ、全室にバス・トイレを完備し、防音・断熱工事を実施しました。7棟のうち5棟は家族や友人との旅に適した一棟貸切りタイプ、2軒はひとり旅やビジネスにも最適な部屋割りタイプです。


さらに室内には世界的評価の高いデンマーク家具を中心とした北欧インテリアで統一しました。現代に合わせた快適性も備えているので、一般的な町家ホテルや一棟貸しとはまったく違った空間を提供しています」


その後の大津はどうなったかというと、さびれた大津駅は古民家の再生と時を同じくして全面改装。町は明るく広く、きれいになった。人通りが少なく元気のない大津の商店街に一石を投じたことで、以前よりもにぎわいを取り戻しつつある。


「HOTEL 講 大津百町」の内装。設備など詳細はこちらから



どんな広告よりも効果がある!? 中小企業が町おこしに参加すべき理由


大成功を収めた「HOTEL 講 大津百町」プロジェクト。そもそも中小企業である谷口工務店はなぜ、ここまで大変な労力と資金を投入したのか? 谷口さんは「取り壊される古民家を思い、大工魂に火がついた」と話した。その裏には、大工を取り巻く現状への強い危機感があった。


「私のいる建築業界はモノづくりの業界です。そして私の会社ではモノ=家をつくります。この家づくりに関わるのが大工です。しかし現在は、昔のように棟梁が家を1軒まるまる建てることはなく、営業、設計、現場監督、下請け大工、孫請け大工、アフター管理業者と、分業化が進んでいます。


その結果、仕事のやりがいが失われ、大工の技術、文化も失われつつあるのです。私はこの事態をなんとかすべく、大工を社員として雇用し、教育しているわけです。そしてそれと並行して、仕事のやりがいを創出する取り組みを行っており、それこそが町おこしだったのです」


とはいえ、何も考えずにただ町おこしに参加するという考えでは失敗する。気をつけたいポイントを次のように説明してくれた。


「経営者である以上、投資に値するリターンがあるかどうかはしっかり判断しないといけません。ボランティアは無償での奉仕を求められますから、なおさらです。


HOTEL 講 大津百町はホテル・宿泊業にあたり、我々の本業ではありません。しかし、古民家再生はモデルハウスとしての側面も持っているのです。たしかな技術力を証明する古民家ホテル。そのほかの地方自治体や企業から依頼があるかもしれません。自社にとって広報活動の一環として機能するんです。


また、ホテルにはデンマークのイスや家具を設置しており、実際に購入することもできます。当社は代理店でもあるのです。あくまでも、本業の延長線上にあるという位置づけなのです。


さらにいえば、町おこしは社会貢献につながります。広告をどんどん出して1軒でも多くの住宅建築の受注を計ることも大事でしょう。それでも、長期的な視点に立ったとき、町おこしというアプローチは中小企業にしかできないと言えるかもしれません」


日本全国から大工が集まった


谷口さんは、「建築業界は効率化による生産性の向上で、1000万円で家を買える時代になった」と言う。そのおかげで業界の規模も拡大したが、そのしわ寄せは現場の大工に来てしまったのだ。だからこそ、古民家再生プロジェクトは必ず成功させる必要があった。仕事の真の喜びを見出してほしかったのだ。


「もうスクラップ・アンド・ビルドの時代ではありません。現在の家の平均寿命は27年と言われています。効率だけを追求するのではなく、長く安心して住める家づくりが求められているのです。


それには、たしかな技術力を持った大工が必要です。現在、当社には40人の大工がいます。その数を100人、200人に増やしたいと思っています。数字で見れば、大工の数は減る一方ですが、現在、大工になりたい学生が増えていると実感しています。大工を希望する女性もいます。


中小企業の強みは“人”です。というか、人で勝負するしかないんです。大手企業と違い、ネームバリューも資本力も劣るからです。人で勝負する以上、人材にとって魅力的で、やりがいのある職場づくりが求められます。私の取り組みは回り道かもしれません。それでも、この活動はSDGs――持続可能な社会につながると考えています」


最後に、このプロジェクトの成功のカギとなった要素をまとめておこう。1つ目は「自社だけで実行する」。(資金以外で)周囲の協力に頼ると進みにくくなってしまうからだ。2つ目は「自社のビジネスにつなげる」。日本最大の暮らしの体験宿泊モデルハウス、デンマーク家具のインテリアショップなど、谷口さんの会社は本業の延長上にある。まったく違う業種に手を出すのは危険だ。最後は「行動を起こす」。最初から町全体の活性化を考えるのではなく、呼び水になれば成功と考えよう。


『新卒を採れ!――中小・零細が大手に勝つための戦術』

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株式会社木の家専門店 谷口工務店

〒520-2531 滋賀県蒲生郡竜王町山之上3409

TEL:0120-561-099

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