• ネイト・シュリラ

デジタルマーケティング最前線(1)音声認識技術とEC

■執筆者:アイプロスペクト ネイト・シュリラさん、土田晃子さん

#連載 #デジタルマーケティング


画像提供:アイプロスペクト


デジタルマーケティングとは、文字通りデジタルを活用する販売戦略のことである。WEBサイトやアプリ、SNSなど販売チャネルが多種多様になるに比例して、マーケティング戦略――自社の製品を認知、購入してもらうための手法――も多様化してきた。本連載では、「誰でもデジタルマーケティングの現在地がわかる」ことを念頭に、もっともホットな話題を入門的に解説する。執筆を担当していただくのは、世界でビジネスを展開し、デジタルマーケティングにくわしいアイプロスペクトのスペシャリストたちだ。第1回のテーマは「音声認識技術とEC」。音声がマーケティングに与えるインパクトを解説していただいた。



電気をつけてくれるだけじゃない!? 音声認識技術のいま

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シュリラ 近年、AI(人工知能)の研究が進み、音声認識技術もすごい進化を遂げています。人間に例えるとAIが脳、カメラ(画像認識)が目、音声認識が耳と口の役割を担っていると考えるとわかりやすいでしょう。各分野の研究が進むことで、どんどん完全なAIに近づいています。


音声認識技術は音声などをコンピュータに認識させる技術のことです。そして、その技術をスマートスピーカーやスマートフォンなど、いろいろなハードウェアに埋め込むことで、音声インターフェイス(VUI)として活用しています。Appleの「Siri」、「Googleアシスタント」、Amazonの「Alexa」といったバーチャルアシスタントが有名ですね。


アシスタントというと、部屋の電気や天気、音楽などをリモート操作するシンプルなやりとりを思い浮かべるかもしれませんが、現在ではより自然な会話ができるようになっています。グーグルが開発した「ミーナ(Meena)」というチャットボット(AIを活用した自動対話プログラム)は膨大なデータをラーニングさせることで、どんな会話にも対応できるようになりました。


たとえば、『スターウォーズ』と『スタートレック』など、AIにとって微妙な差(もちろんファンにとっては微妙な差ではありませんが笑)にも対応して、自然な会話を成立させることができます。OpenAI(人工知能を研究する非営利団体)が開発した「GPT-3」は作文も書くことができます。会話にも対応できるし、一方的にいろいろなことを自分で考えることができるのです。


音声認識技術は、ビジネスシーンでは業務効率化に大きく貢献しています。身近な例を挙げると、Microsoft Officeも音声認識に対応しているので、Wordもタイピングするだけでなく、しゃべることでラクに入力することができるようになりました。それだけではなく、「GTP-3」なら、口頭で伝えるだけでレイアウトを組んでもらうこともできます。「ここに赤いボタンをつけて、その下に写真を入れて……」と伝えると、その場でレイアウトを配置してくれるのです。「スイカのようなボタンを作って」といえば、スイカの形のボタンすら作ってくれる。


当社が携わった事例では、State Bank of Indiaというインドの銀行との取り組みがあります。コロナ禍で街がロックダウンされていた頃、銀行員が対応するようなサポートをスマートスピーカーやスマホ、ブラウザ上で行えるようにしたのです。すると、1億1900万人ものユーザーが利用してくれました。


土田 幅広い分野で活用されている音声認識技術ですが、日本は中国やほかのアジア諸国ほど、実用化が進んでいません。音声で電気をつけたり消したり、質問したら答えが一言返ってくる、というやりとりに留まっています。ユーザー側は「もうちょっといろんなことができると思った」とストレスを感じながら使っているのではないでしょうか。


その理由として考えられるのは、開発が英語ベースなので日本語にローカライズするのに時間がかかること。そして今年は新型コロナの影響もあって、企業側でイノベーションに対して及び腰になっていることも考えられます。とはいえ、マウスによる操作やタッチパネルが一般化したように、音声インターフェイスも一般化していくことは確実ですし、そのほかの領域でも今後は活用事例が増えていくと考えられます。



音声の登場でマーケティング戦略でもアップデートが求められている

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シュリラ 私が所属するアイプロスペクトは、もともとサーチエンジン・マーケティング(SEOやSEM)に特化した会社でした。その後、事業をデジタルマーケティング全体に拡大し、コンサルテーションからアクティベーションまでを一気通貫でやる会社として、世界的にビジネス展開をしています。


そんな当社における重要なプロジェクトの一つが、EC(Eコマース、電子商取引)です。マーケットプレイス(Amazonをはじめとした電子市場、オンラインモールという意味で用いられることがほとんど)に参入すべきなのか、それとも自社ECサイトをやったほうがいいのか……多くの会社からECに関する相談を受けています。


その背景にはやはり新型コロナの影響もありますね。世界700社くらいに調査かけたときに、そのうちの7割が「ECに力を入れたい」という回答をしたほどです。食品にしてもファッションにしても、インターネット上でのコマース活動が当たりまえになっています。


販売チャネルが多様化したことで、それぞれに応じた戦略の検討と実行が必要になる中、音声が新たに加わったことで、既存のEC戦略にも大きな影響を及ぼしているのです。たとえば、SEO対策もその一つです。ちなみに、SEOとはGoogleやYahoo!など、検索エンジンのオーガニック検索(自然検索とも呼ばれ、ユーザーが検索キーワードを入力して表示された広告以外の検索結果のこと)における表示順位を高め、アクセス数を増加させることを言います。


土田 なぜ新しいSEO対策が求められるかというと、音声検索の進化です。Googleは2019年に検索アルゴリズムの大規模なアップデートを行いました。Googleが「過去5年で最大の飛躍」と呼んだほどなのですが、それを可能にしたのがBERT(バート)という新しい言語処理モデルです。その結果、検索ワードの文脈やニュアンスの理解が高まり、人間がしゃべるようなナチュラル・ランゲージにも対応できるようになりました。つまり、テキストも音声も同じように検索されるようになったわけです。そのために、音声検索でもSEO対策が求められるというわけです。


実際、世界中のスマートフォンユーザーの31%は少なくとも週に1回は音声検索を使用しており、さらに、全世界で音声による検索は毎月10億回(※)にも達しています。ということは、音声検索のSEO対策をしないと、検索結果としてユーザーに提供される機会を逃がし、音声対応の競合他社に市場シェアを奪われてしまうリスクさえあると言えます。

※Statistaのデータ https://review42.com/voice-search-stats/

認知から購入まですべてカバーできる「チャットボット」

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シュリラ 音声は音声検索の利用に留まらず、これまでのECのあり方を変える可能性を秘めています。多くの人が「ECが大事だ」と思っていますが、では理想のECとは何なのか? その答えはダイアログであり、それを可能にするのが音声認識とチャットボットなのです。


これまでのAmazonを代表とするマーケットプレイスも自社ECサイトも、ただのカタログでしかありませんでした。カタログから自分で探して、欲しいものがあったら買う。一方で、実際のお店では、カタログを渡されて「好きな商品を探してください」とは言われません。店員さんが「どんなものをお探しですか?」と聞いてくれたり、人気商品やオススメを教えてくれたりします。


そういう人間ならではのサービスがECでも重要で、これまではそれが弱かった。ところが、チャットボットを使うことで、コンピュータと対話しながらサービスを利用することができるようになります。お客さんの要望を聞いてオススメするものを変えることができるのです。そうなると、USP(自社のセールスポイント)を最初から一つに絞るのではなく、すべての品ぞろえから会話によって絞っていくことができます。


それが意味するのは、消費者の購買行動のプロセスをすべてカバーできる、ということです。マーケティング業界では、「ファネル」という言葉がよく使われます。ファネルとは「漏斗(じょうご)」のことで、消費者の購買行動――広く集客して、ふるいにかけられた見込み客が検討し、購入する流れ――を示す形に似ていることからそう呼ばれています。簡単に言うと、消費者が購入するまでには、「認知→興味→検討→購入」というフェーズがあります。

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消費者はこのプロセスを経て購入に至るわけですが、これまでは各フェーズで求められる施策が異なりました。認知・関心段階であれば、従来型の純広告、アドネットワーク広告(Googleディスプレイネットワークに代表される広告。WEBサイトやアプリに一括で広告を配信できる)。検討段階であればリスティング広告(検索連動型広告)、SEO(検索エンジン最適化)。購入段階であればLPO(ランディングページ最適化)など。ところが、チャットボットを使うとこのプロセスをすべてカバーすることができるのです。


土田 音声認識技術が消費行動を大きく変える例として、こんなアイデアも想像できます。あなたがAmazonプライム・ビデオで映画を観ていたとしましょう。そのとき、「あの俳優が着ているジャケットがかっこいいな」と思ったら、それは自分の中で認知になっています。でも、あとで調べるのはめんどうくさい。どんなジャケットだったか言葉にするのはむずかしいし、探しても出てこないこともある。


それが「Alexa」に「あのジャケットはどこの?」と聞けば、画像認識で探し出してくれて、さらに「興味がありますか? カートに入れますか?」と、購入までできてしまう。近い将来、開発やデータの連携が進めばこんなことも可能になります。


シュリラ 当社グループでも一ついいサンプルがあります。ディアジオというイギリスの酒造メーカーと、カクテルのレシピを教えてくれるAlexa用のアプリを作ったのです。そのアプリでどんなことができるかというと……Alexaに「今日は甘いものが飲みたい」と聞くと、まずはオススメのカクテルを提案してくれます。そして次はレシピ。「ラムを入れて、オレンジジュースを入れて……」と教えながら、必要な材料はアプリの中で購入することもできる。こうしたチャットボットのロジック、裏での商品との連携を含め、当社グループで制作しました。これが非常に大きな成果を生むことができました。


一方的な広告よりも、チャットボットのほうが消費者にポジティブな印象を与え、実際にエンゲージメントが高まるという調査結果もあります。それだけでなく、消費者の気持ちが理解できることも大きい。「この商品に興味がありますか?」と聞いて、もし「いいえ」という答えが返ってきたら、その場でその理由を聞くことができます。「すでに同じようなものを買ったから」という答えなら、その人には広告を打たなくてよくなります。広告費をセーブできるし、ユーザー側もイヤな気持ちにならない。通販サイトで本棚を買ったら、さらに違う本棚をオススメされてしまう――そんなことがなくなるわけです。


最近はクライアントから、「Cookieがなくなるから、リタゲできない。どうしよう!?」という声も聞きます。少し説明すると、世界的にプライバシー保護が重要視される動きが進む中、Cookie(個人を識別するもの)が規制されることになりました。Cookieが有効なら、ユーザーの行動情報からある程度のユーザー像を把握することができます。それができなくなると、リタゲ(リターゲティング。ネット広告の手法の一つで、WEBサイトへの訪問歴のあるユーザーに対して、再度広告主の広告を表示させること)もできなくなるわけです。


でも、チャットは外の広告看板から立ち上がったものでも、自社のECサイトでも、同じ人に紐づけることができるので、Cookieすら必要ないのです。リタゲしなくても、チャットボットで会話をしてもらえばいいだけです。将来的には、マーケットプレイスも自社ECサイトもチャットボットを埋め込んでいくことがふつうになるでしょう。



NiziUに見る、これからのマーケティングで求められること


土田 今年を振り返ると、やはりマーケティングに関する費用をカットする企業が多い1年でした。コロナ禍でテレワークが進む過程で、マーケティングの予算をDX(デジタルトランスフォーメーション)に急遽回す、という企業が多かったのです。その上、オリンピックのように大きな大会があるときは企業もおもしろい施策をやりやすいのですが、そのオリンピックが延期になってしまいました。


シュリラ そんな状況でうまいと思ったマーケティングは、女性グループ「NiziU」です。今年1月に日テレの『スッキリ』という番組が「Nizi Project」を紹介して、定期的に特集企画として放送しました。これが日本の市場にすごく合った。テレビを巻き込むことで、若い女性だけでなく、幅広い世代を巻き込むことに成功したのです。特に、親世代は自分の子どもを見守るような気持ちで応援するようになりました。彼女たちのジャーニーを見てきたから、音楽性の好みを超えて、感情移入したんです。


土田 日本にフィットしたアプローチは非常に重要です。ディアジオは海外で成功しましたが、そっくり日本に持ち込んでも成功するとはかぎりません。その点で、日本は高齢化社会なので、健康や医療、介護といった、市場にピッタリとハマるアイデアがあれば、日本でもヒーローケースは出てくるはずです。


シュリラ 音声認識技術の発達によって、もっと会話ができるようになりますから、より人間ベースの施策を打ちやすくなります。「NiziU」のように、感情の入ったマーケティングがとても大事になってくるでしょう。


土田 いま、若い人たちの間で、デジタルキャンプファイヤーと呼ばれるものが流行っています。例えば、chromeのブラウザに「Netflix パーティー」というNetflixのアドオンを入れて、複数の人で同時に同じ番組を観たりするものです。特にNetflixはオンデマンドサービスで、もともとは観たいときに観られることが売りでした。ところが、みんなで時間を合わせて同じコンテンツを一緒に騒ぎながら視聴している。


デジタル化が進んでも、やはり人間同士の繋がりは求められるということです。中国で流行っているライブコマース(ライブ動画を配信し、視聴者はリアルタイムに質問やコメントをしながら商品を購入できる)も結局、会話型のコマースです。レスポンスがすぐ返ってくるといった部分は、今後、デジタルを活用したマーケティングが広がる上で必要な要素なのかもしれません。

ネイト・シュリラ

アイプロスペクトおよび電通コマース&ヴォイスグローバルディレクター。ベンチャー企業でコンテンツマーケティングやサイト分析・最適化に取り組んだ後、アイプロスペクトに入社。同社ではアソシエイトアナリスト、コンサルタント、Head of CRO & Analyticsを経て現職。新規顧客開拓に取り組むコマース事業の拡大と音声検索の順位向上、音声検索のローカルにおける対策、デジタルアシスタント対策を扱う「Voice」事業に従事している。

土田晃子(つちだ・あきこ)

アイプロスペクト・ジャパン iP Lab所属。グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートし、フリーランス、フロントエンドエンジニア、WEBデザイナーなどを経て、CROコンサルタントとしてアイプロスペクトに入社。iP Labではリーダーとして音声認識技術をはじめとする最新技術のマーケティングへの応用を目的に調査・分析などを行う。


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