大阪・西成でつくられる「西成ライオットエール」というクラフトビールが全国的な知名度を獲得しつつある。製造するのは、大阪府大阪市西成区に醸造所を構えるマイクロブルワリー「Derailleur Brew Works」(ディレイラブリューワークス) だ。クラフトビールは小規模な醸造所がつくる、多種多様な個性あるビールのことを指す。西成ライオットエールの最大の特徴といえば、「西成」であることに間違いないだろう。大阪・西成という地名に聞き覚えのある人ならば、生活保護者の多い街、過去に暴動のあった街というネガティブなイメージをもっているかもしれない。そんな土地でなぜクラフトビールをつくったのか。仕掛け人である山﨑昌宣さんは意外な経歴をもつ人だった。
生活保護のおっちゃんたちを救うために始めたクラフトビール事業
生活保護を受けているおっちゃんたちが、朝から飲んでいる――西成はそんな街です。僕はシクロという会社の代表として、西成で高齢者介護や障害者支援を行っています。
「西成ライオットエール」(以下、ライオットエール)をつくったきっかけは、3~4年前からはじめた、生活保護や介護など、福祉のサポートが必要なおっちゃんたちの就労支援です。おっちゃんたちがもう一度、仕事でプライドを取り戻す手伝いをしていました。
ただ、就労支援といっても仕事内容は内職をはじめ、単純作業がほとんどになってしまいます。それでは本人たちもおもしろくないから続かない。そんなとき、おっちゃんたちにこんなことを言われたんです。
「西成は朝から酒を飲んでいる街だから、俺らが世の中で一番、酒のことを知っている。だから社長が酒を用意してくれたら、いくらでも売ってみせる」
最初は真に受けなかったんですけど、本当におっちゃんたちのモチベーションが上がって、お酒づくりなり販売なりに携われるといいなという気持ちではじめました。
そして2017年11月、朝から酒を楽しむ街「西成」にこだわったクラフトビールとして、ライオットエールは誕生しました。「西成ライオットエール」という名前は、暴動というフレーズが少しでもオシャレに聞こえるとか、語呂のよさとかを重視しました。
西成に対する負のイメージはここ20年でだいぶ薄まったものの、いまだにメディアなどではステレオタイプのイメージで語られることも少なくなありません。
その現状を否定してもしょうがないので、イメージ通りのもので勝負するのではなく、新しい価値観で勝負しよう。西成の雰囲気に寄せて親近感やわざとらしさをねらうのではなく、かっこいいものをつくろうと考えたんです。
西成ライオットエールをはじめ、ビールには文章とイラストで表現されたストーリー、キービジュアルが存在する
「西成なのにカッコいい」といったように、ステレオタイプと反対のことを出せたほうが付加価値になるんじゃないか。当たりまえのものに対してお金はわざわざ出さないと思うんです。
当初は「西成の暴動で商売しやがって」「西成在住もしてないくせに、何がわかるんだ」という声もありましたが、今では西成の人たちが「自分たちのビールだ」とプライドを持てる商品に育ちました。お酒のアテが100円の居酒屋でクラフトビールを取り扱ってくれる方もいます。西成のビールということで誇りを持ってお店に出してくれるんです。
おっちゃんたちはビール工場や直営のカフェ「Ravitaillement」(アビタイユモン)でも働いてもらっていますが、なかには、一般就労(一般企業への就職)できた人もいます。
今まではほとんど出勤しなかったのに15時まできっちり働くようになった人もいるんです。「俺がこの瓶詰せんと納品できないから、待っている人が困るやろ」といった発言が自然と出てくる。そんなときは僕もグッときますね。
山﨑昌宣さん。山﨑さんが経営する(株)シクロの事業は、介護医療や在宅介護のほか、開業支援、リサイクル・リユース、カフェ経営、ゲストハウス運営など多岐に渡る
「西成」「後発」だからできること
クラフトビールにはつくる方法によってペールエール、IPA(インディアペールエール)、スタウトなど、いくつもスタイル(種類)があります。しかし、現在はペールエールかIPAしか売れません。ペールエールやIPAという表記があるだけで、売れ行きが4~5倍も違います。
クラフトビールの市場規模は現在1パーセントほどで、それが3パーセントになると言われています。そんな市場を支えているのはビアギーク(愛好家)です。SNSのコミュニティーで評価されるビールが売れるという状況なので、メーカーもビアパブも彼らを意識せざるをえないわけです。
業界全体としては、苦みが強くてビールとしてのエッジが立っているIPAが流行った反動として、軽めに飲めるうまみのあるビール、いわゆるヨーロッパ系に回帰していこうと仕掛けていますけど、うまくいっていません。お店は回転よく売れるビールを出すので、当然といえば当然のことです。
では、ビール愛好家という小さいパイを奪い合っている現状をどうすれば打破できるのか。誤解を恐れずに言えば、愛好家ではなく一般層に目を向けることです。それは、僕らが西成だから、後発だから挑戦できることだと思っています。
ディレイラブリューワークスは音楽でいうインディーズレーベルのようなものです。大手はつくらない、売れ筋とは違うビールをつくります。それがライオットエールだったり、大阪発祥のミックスジュースというフックを入れてつくった「新世界ニューロマンサー」です。
第一次産業としての特色がない西成で、ミックスジュースでローカル色を出した新世界ニューロマンサー。INTERNATIONAL BEER CUP 2018で銀賞を受賞
ラインナップも最初から月に1~2種類は新作をつくっていました。同じことをくり返すのはおもしろくない。僕らは後発で何が得意か、何が不得意かもわからなかったので、新しいことにどんどんチャレンジすることが大事でした。
最初はそんなに意識していたわけではありませんが、全国から注文をいただいたり、アビタイユモンでも売れるのは、そうしたアウトサイダーとしてのたたずまいが影響しているのかもしれません。
クラフトビールの裾野を広げる「缶」という選択肢
クラフトビールはローカル色、つまりビールづくりの背景を含めて楽しまれるものなので、大手や他社も背景を押し出した売り方をします。そして、愛好家が広めていく。その典型が、醸造家のカリスマ性を前面に出すことです。
たとえば、新作が出るたびにビアパブを回って、醸造家の話を聞いて乾杯する。ただ、過度なリスペクトや神格化のために、一般層にどう届けるのかが見えないのです。
醸造所としての価値を上げていくことは大事ですが、醸造家が前に出るのはちょっと違うのではないか。レシピを考えるところにその人なりの独創性が現れることはあっても、醸造家が辞めることでおいしいビールがつくれなくなるなら、産業としてあってはならないことです。
ディレイラブリューワークスでは、ベテランが監修しながら、新人2人でライオットエールをつくりました。機材の性能が上がったおかげで、手順をしっかり踏めば、一定のクオリティーをキープしたビールをつくることができるんです。
僕らの理想は原料やレシピが一定していて、誰でもつくれること。そのなかで、飲み手である消費者と会話ができて、「もっとこうしてほしい」といったやりとりができることが、いいプロダクトとしての距離感だと思います。
現在のビール工場。これまでつくったビールはなんと29種類(11月1日時点)
クラフトビールは背景を含めて楽しめるものでないと業界の未来はありませんが、背景ありきになってしまうと、一般層には届かないのも事実です。
まずは、背景を知らなくても良いものだと思ってもらう。音楽なら耳に残るキャッチーなフックのある曲は流行りますよね。価格も含めて、そうあるべきだと思っています。
クラフトビールは大量生産に向かない性質をもっています。樽につないだタップで注ぐ、ビールの種類でグラスを変えるなど、特別で繊細なものとして売るので、樽でしか提供できないんです。ビンだと保存がむずかしいので、提供できる量が少なくなるわけです。
タップで注ぐことでビールの鮮度を保ったまま提供できる
だからこそ、僕らは缶でもライオットエールを出したいと思っています。缶は生樽と同じクオリティーをビンよりも長くキープできるんです。先日、そのためにアメリカの東海岸に行ってきました。どこの醸造所もクオリティーの高い缶ビールの充填技術と設備をもっています。
アメリカでは工場で缶詰した缶ビールが500ミリリットルで2~3ドルで買える。アメリカにも第3のビールに値するものが1ドルちょっとで売っていますが、クラフトビールも十分値段でも戦えます。ところが、日本に輸入すると最大5000円くらいの市場価値になり、それを愛好家は買うわけです。日本ではそんな価格になってしまうのがいびつだと思います。
現在、「イズミヤ」というスーパーの本店でライオットエールの取り扱いをはじめることができました。来年、新工場を建設して缶詰めできる設備を整えたら、大手のビールに近いところまで価格帯でも勝負していきたい。一般層にクラフトビールを届けるために、僕らが今、できることだと思っています。
ディレイラブリューワークス
大阪府大阪市西成区花園2-15-30
Ravitaillement(アビタイユモン)
大阪府大阪市西成区花園2-12-28
TEL:06-6630-8785