豊富な雑誌や書籍をそろえる大型書店とは違い、規模は小さいながら独自のアプローチで存在感を発揮しているのが、独立系と呼ばれる本屋だ。本のラインナップに留まらず、本にまつわる事業を多角的に展開することで生存する道を模索している。独立系の本屋はいま何を考え、何を武器に経営しているのか。個性が光るお店にスポットを当てて、低迷する出版業界が苦境を脱するためのヒントを考えてみたい。今回は「麦酒(ビール)と書斎のある本屋」をコンセプトに掲げるBREWBOOKSの店主、尾崎大輔さんに話を聞いた。
独立系の本屋「BREWBOOKS」にはどんな本がある?
――BREWBOOKSでは、どのくらいの本を取り扱っているんですか?
1000冊ぐらいですね。
――いま、力を入れているのはどんな本ですか?
お客さんの6~7割が地元の方なので、オープン当初は西荻窪という土地を意識して、料理をはじめとしたライフスタイル関連を多く並べていました。
最近はわりと多様化していて、文芸やエッセイなども仕入れています。文芸はただ並べてもあまり動かないんですけど、SNSでつぶやくと作家さんが反応してくれるので、こちらから推したりイベントをからめて売ることが多いですね。
エッセイは比較的若い女性のお客さんが多いせいかよく動くので、おもしろそうなエッセイが出たら積極的に並べています。そのほか、ぼくは前職がIT系だったので、人工知能の本を入れたりもしていますね。
――フラッと立ち寄る方が多い?
大きな本屋ではないので、目的買いよりも、フラッと来て買っていく方が多いですね。
BREWBOOKS 尾崎大輔さん
――本の仕入れはどうされているんですか?
中小取次(※)を通して仕入れています。大取次の口座を持つためにはある程度の売上が見込めるなど、いくつかハードルがあるんです。独立系の本屋はほとんどが中小取次から仕入れているはずです。ブックカフェのような、本屋ではないけど本を仕入れたい業種も利用していると思います。
※出版社と書店との中間にある書籍や雑誌などの流通業のこと
――仕入れに関しては自由がきくのでしょうか。
そうですね。流通している本に関しては、基本的には手に入ります。ただ、委託(※)ではなくて買い切りがほとんどなので、何を仕入れるかは慎重になりますよね。SNSやニュースサイトで拾いつつ、常連さんが好きそうなものを選ぶようにしています。
※売れ残った本を返本できる制度のこと
――新刊だけでなく、古書も取り扱っていますね。
古書組合(※)には加入していないので、自分の蔵書を出したり、古本市で仕入れたりします。晴れた日はお店の外に100円棚として出すんですけど、安い本は買いやすいのでよく売れます。
※古本を仕入る方法はいくつかあり、その一つが古書組合に入り、古書交換会に参加すること
――100円で売る本をいくらで仕入れているんですか?
110円が多いです。つまり赤字なんですけど、古書は儲けるためというより、100円の本でもいいから一度、店内に入ってレジを通すという体験をしてほしいんです。そうすることでお店に対する免疫ができるので、そのための仕掛けという意味合いが大きいです。
――やはり小さいお店だと入りづらい?
独立系の本屋は基本的に小さいので、入りにくい印象を与えてしまいますよね。でも根本的な解決はなくて、入り口のドアを開けっぱなしにしておくとか、手書きのポップをつくって貼るとか。何もないと、どんな人が経営しているのかわからなくて、こわいですから。とっつきづらさは営業を地道に続けていくしかない。認知度が上がることで解消されていくかなとも思います。
そのほか、本の冊数については、3000冊ぐらいまで増やしたいと思っているんです。金銭的な問題で増やせていないんですけど、本が少ないと、お客さんがお店に入ったときの充実感が感じづらくなってしまう。いまはこのサイズのお店でも持て余しているので。
やはり本屋は本のボリュームはすごく大事だなと思います。1坪最大1000冊置けると言われているんですけど、それを一つの基準にすると1000冊という数字はまだまだ少ない。本がたくさんあると、ぼくの存在感も薄まって、お客さんの居心地もよくなるはずです。ぼくはレジカウンターにいるので、カウンターに棚を置いて隠れるようにしたんですけど、まったく見えないとそれはそれでこわい。多少の存在感は必要なんです。
――どのくらいの在庫数でオープンしたんですか?
250冊ぐらいです。内装工事が終わったから開けます、みたいな感じで。この広さで250冊しかないとすべての本が面陳(※)みたいな感じで、異常におしゃれな本屋という、なぞの誤解が生まれてしまったんです(笑)。オシャレすぎるとさらに入りにくくしてしまうので、本のボリューム感はすごく大事だし、3000冊になれば、いまより本屋としての説得力が増すと思います。
※面陳……棚に立て、背ではなく表紙を見せて陳列すること/棚差し……背を見せるようにして棚に並べること
本の売上だけでは成り立たない!? 独自の付加価値を探る
――BREWBOOKSは「麦酒(ビール)と書斎のある本屋」という特徴を打ち出していますね。
ビールと書斎というアイデアはお店をはじめる前から決まっていました。本屋として本が売られていることが大前提で、個人的にビールが好きだったので、仕事帰りに本屋に行ってビールが飲める、というイメージがありました。
――書斎はおもにどういうふうに利用されますか。
読書やコワーキング、貸切といった場所貸し(※)のほか、自社イベントとして製本教室や俳句をつくる会、読書会などでも利用しています。
※読書は時間制(1時間1000円で1ドリンク付き)、コワーキングは1日利用(1500円)がある
――場所貸しという意味では、店内の間借り本屋もおもしろい取り組みですね。
下北沢のBOOKSHOP TRAVELLERや吉祥寺のブックマンションなど、シェア本屋があるというのは知っていて。実際にはじめてみたら、本を売ることが好きな人が一定数いることを知りました。
――間借りする人が出品するのは古書ですか?
基本的には古書ですね。ただ、新刊の人も一部います。個人でも契約してくれる取次があるんですよ。「本を売る活動をしているんです」と言うと口座を開いてくれるので、個人でも新刊を仕入れようと思ったらできるんです。
――間借りしてでも本を売りたいんですね。
本が好きだからでしょうね。月3000円で場所を貸しているんですけど、黒字になる人はそうそういないですから。仕入れもありますし。自分が大切な本を広めたいという気持ちがあるんじゃないかな。
――本を売る以外の取り組みにも積極的ですよね。
本を売るだけでは経営がむずかしいので、独自の付加価値をどう提供していくかはつねに意識しています。
たとえば月に一度、製本家を呼んで、製本教室を開いているんですよ。文庫本の表紙を取って自分でつくったハードカバーをつけるといったブックリメイクなんですけど、100円ショップでそろう材料でかっこいい本をつくることをコンセプトとして掲げていて。
「正当な道具を使わないならそんなの製本じゃない」という声も一部にはあるんですけど、BREWBOOKSのお客さんは若い女性が多いから、本との新しい関わり方を創出することで、本を好きになる入口をつくりたいんです。
――コアなお客さんだけでは売上が立ちづらい?
コアファンの周辺を広げていく、ということはずっと考えていかないといけないですね。
――経営で一番キツいのはやはりお金関係ですか。
資金繰りですね。本を売るだけなら、本の仕入れ以外にあまりお金はかからないんです。内装工事もそんなにいらないし。だから、お店をはじめることはできるけど、続けるだけのお金まわりをいかにうまくやるか。
現在の売上高の構成比率では、本の売上が最も高くて、その次がイベントとそれに付随するドリンクなどの売上です。でも、利益率はまったくその逆なんです。
今年の2~3月ごろ、本当にお金がつきかけたんです。毎月ローンの返済をしているんですけど、そのときは残高不足で引き落とせなくて。引き落とし日の午前中、銀行から電話がかかってきたんです。そのときは何とかお金をかき集めたんですけど、現金がなくなると経営できなくなるというのは、そのとき肌で感じましたね。
業界未経験で本屋を開業してみて
――出版業界の見通しは決して明るいものではないと思いますが、ビジネスモデルとして魅力的というよりは、本屋をやりたいという気持ちが強かったんでしょうか。
そうですね。もともと利益が少ないことは知っていたので、本の売上だけで家賃を払うことはできないだろうから、ドリンクの販売や場所貸しなどを組み合わせてやっていこうと。
――いつごろからお店のコンセプトを考えていたんですか?
お店をはじめる前はIT業界で働いていたんですけど、企画書を書くことが好きだったんです。新しいアプリやサービスを考えては企画書をつくって、上司に見せていて。お店のアイデアもそんな感じで企画書に落とし込んでいたんです。ビールを売るにはどうしたらいいか、本の仕入れはどうするのか。するとだんだん具体的になってきて、いつのまにか出店計画が完成した。
――会社員を辞めて起業することに躊躇しなかった?
ないですね。自分の中で盛り上がっていたから、反対されてもやめなかったと思います。自分で経験してみないと気が済まないんです。
――業界経験はあったんですか?
まったくありませんでした。コネもなし。だから、事前にいくつか独立系の本屋を回って、店主に話を聞いて。「がんばりなよ」と応援しくれる人もいれば、「厳しいよ」と言う人もいて、一概に言えないなと思っていたんですけど、お店を開く人はたいてい業界に関わっていることが多いんですよね。事前に根回ししたり、告知手伝ってもらったり。だから、ぼくがここにお店を開いたときは、業界でもまったくノーマークで(笑)。
――IT業界と比べると、とまどうことも多かったのでは。
独特のレガシーが残っていますよね。たとえば、注文書をFAXで送ってくださいとか。うちにはFAXがないので、スキャンしてPDF化して送ります。あとはメールでこちらからCCを入れて送っても、ぼくにしか返信してくれないことが非常に多いですね。IT業界ではルールとして確立していて、CCを抜いて返信すると怒られるんです。だからビックリしましたね。
――実際に本屋をはじめてみていかがですか。
いきなりうまくはいかないなというのが実感ですね。これは本屋に限らないと思いますが、最初に思い描いたイメージ、毎月の売上をはじめとした数字どおりにはいかないなという感じです。
――コロナの影響も小さくないですよね。
緊急事態宣言のときは3週間、お店を閉めました。西荻窪にたくさんある古本屋はみんな締めていました。不要不急と言われてしまったので。休業で売上が減って、小さいお店は日銭を稼いで回していることが多いので、もろに影響ありました。
ただうちは飲食の営業許可を取っているので、飲食店として開くことができて。それでも結局休んだし、いまも時短営業はしています。協力金をもらったりできることはして、何とか続けている状況です。
――オンラインでも販売されていますが、売上はいかがですか?
オンラインショップをはじめたのはコロナ禍に入ってからなんです。せっかくお店をつくったのに、誰でもできるオンラインショップをやってもな……と思っていたんです。そちらにリソースを割くなら、実店舗に注力すべきだって。
ただ、休業せざるをえなくなったから。みなさんが応援の気持ちを込めて買ってくださるので、いまでは大切な収入源になっています。
本屋を続けるために、これから必要なこと
――本屋を経営してみて、よかったことは何ですか。
お店に常連さんがついて、仲間みたいなコミュニティーが形成されていることですね。資金繰りが苦しかった2月末に徹夜で一緒に会議したんですよ。
――お客さんとですか?
そうです。お客さん視点でのアドバイスは参考になりました。たとえば、古書の100円棚って、当初は近所の人が引っ越しのタイミングでくれたマンガ本とかも入れていたんですよ。でも、「100円の古書でもちゃんと選んだほうがいいよ。お店のイメージと違わない?」と指摘されて。それ以降はターゲット層を意識してラインナップするようになりましたね。
よくお店がオシャレだと言われるんですけど、それは物件がオシャレであって、ぼく自身のことではないんです。つまりぼくの感じ方とお客さんの感じ方は違うんだと気づくことができた。結局、一人でできないことはたくさんあるんです。本の仕入れもそうだし、店内のディスプレイもそうだし。
――店内の本の並べ方がすごくオシャレですよね。
お店に入ったらまず新刊台があって、左に文芸、右にエッセイがあります。本の動き次第でいろいろ変えているんですけど、ディスプレイは現役の書店員に手伝ってもらっています。
ぼくは業界経験がまったくないまま本屋をはじめたので、本の並べ方のアイデアも面陳くらいしかない。でも、その人が並べると、いい意味でゴチャゴチャして、ボリューム感も出るし、本が生き生きするんです。たとえ同じ本でも、棚づくりで与える影響はまったく違う。本屋をはじめる前は棚づくりのスキルがあるなんて思いもしなかったです。
――今後の課題と展望を教えてください。
やっぱり本だけの事業ではむずかしくて、ドリンクとかイベントとか、粗利のいいものを組み合わせていくことが基本になります。本の売上に頼ることはできないけど、本屋をやりたい。とはいえ、本とまったく関係ないことまではじめてしまうと、外から見て何だかわからないお店になってしまうので、本と関わりのあることで稼いでいく。
その上で、もっとライトな層、通りすがりの人にもしっかりお店のコンセプトが伝わるように発信していかなければなりません。「誰でもいいですよ」では誰も来ないし、「おいしいビールがあるよ」だとミスマッチを生んでしまいます。ぼくもお客さんもお互いがハッピーじゃない。ここは本屋で、本にまつわるお店だと伝えていかないといけない。
まだまだ大変な状況は続きますけど、何とかねばってお店を続けていきたいですね。
BREWBOOKS
〒167-0053 東京都杉並区西荻南3−4−5
平日・土 12:00-19:00
日祝 12:00–19:00
(定休日)
毎週月曜、第2火曜、第4火曜
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