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執筆者の写真Byakuya Biz Books

名前入りカセットがぼくらに教えてくれること

更新日:2021年8月20日



あなたは小さい頃、ファミコンで遊んだことがあるだろうか? もしそうなら、かなりの確率で「カセットに名前を書いた」ことがあるはずだ。ゲームといえばファミコンだった時代、ゲームは貸し借りすることが当たりまえだった。ファミコンからスーパーファミコンになり、プレイステーションになり、スマホになる……そんな時代の変遷のなかで、ファミコンのカセットは持ち主の元を離れ、ゲームショップに引き取られるものもあれば、そのまま処分されたものもある。そんな持ち主不明?となったカセットを集め、持ち主に返す活動をしているのが、名前入りカセット博物館の館長、関純治さんだ。関さんはなぜ名前の入ったカセットを集めるのだろうか?



名前の入ったカセットばかりを集めた「名前入りカセット博物館」


1980年代、ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)をはじめ、ゲームはゲーム機にロムカセット(以下、カセット)を差して遊んでいました。ゲーム&ウオッチとは違って、カセットを交換することで、1台のゲーム機でいろいろなゲームを遊べたわけです。


今はスマホのアプリや家庭用ゲーム機でも、ゲームはデータで買うことが多いですけど、昔はカセットというモノでした。とくに小学生ぐらいの年代では、おこづかいでゲームを買うことがむずかしかったから、誕生日やクリスマスに親に買ってもらう。そして、友達同士で貸し借りをしながら、いろいろなゲームを遊んでいました。


そのため、自分の持ち物であるカセットに名前を書いていたわけです。それから時が経つにつれ、ゲームはどんどん進化して、カセットは過去のものになりました。


カセットはいらなくなったから処分しただけでなく、友達に貸したままどっかにいってしまったカセットもたくさんあります。そんな持ち主の名前が入ったカセットを集めてデータ化しているのが、「名前入りカセット博物館」です。


名前入りカセット博物館の目的は、カセットを本人にお返しすることです。現在は920本のカセットをデータ化していて、WEBで検索できるだけでなく、定期的に展示会も開催しています。現在はフライハイカフェさんとコラボして、「フライハイカフェ×名前入りカセット展」を展開しています。


フライハイカフェ×名前入りカセット展。12月8日まで、フライハイカフェ(秋葉原)にて開催中


もともと、ファミコンのカセットを集めるのが趣味だったんです。もう25年ぐらいですね。小さい頃はたくさんのゲームを遊ぶことはできなかったけど、働きはじめて自由にできるお金が増えたので、全部のゲームを遊んでみようと思ったのがきっかけです。


最初はいろいろなお店をまわって買うことが楽しかったんですけど、せっかくだから全種類集めてみようと。やったことのないゲームをプレイすることはもちろん、集めることに達成感がありました。でも、ネット環境が普及するにつれて、すでにコンプリートしている人がいることがわかった。


関純治さん。名前入りカセット博物館 館長/ゲーム制作会社ハッピーミール(株)社長/ゲームクリエイター


別に比べたり競ったりしているつもりはありませんでしたが、モチベーションが下がってしまった。おまけにたくさん集めてどうするの?という気持ちもでてきた。ただ、ここまでやっているから引き下がれないという気持ちもありました。


そんなとき、アメリカのあるゲームショップで、英語で名前が書かれたNES(ファミコンの海外版)を手にしたとき、ふと気づいたんです。


一般的にいえば、コレクションは美品のほうが価値は高い。その価値というのは金額で評価されるものです。でも、名前が入ったカセットにこそ、本当の価値があるんじゃないか。


収集のきっかけになったNESの『リンクの冒険』。持ち物に名前を書くのは日本もアメリカも一緒


それから少しずつ名前入りのカセットを集めて、2015年ごろに「名前入りカセット博物館」を設立しました。



カセット一つ一つに込められた思い出


名前入りカセット博物館の目的は持ち主に返すことですが、最初にそう思ったのは、カセットに書かれた名前を見ていたときですね。名前にはいろいろな書き方があって、どれも個性があります。持ち主はいったいどんな人なのか?ということが気になって、本人に聞いてみたくなったんです。


それは企画としてもおもしろいし、同じことをしている人はいない。自分だけで楽しむんじゃなくて、持ち主も自分の手元に戻ってきたら喜ぶんじゃないか。みんなが幸せになることなら、やってみる価値はあるはずだと思いました。


中島俊介くん所有のカセット


カセットの名前には、想像をかきたてるものがたくさんあります。たとえば、「中島俊介」くん。なんで「中」の字だけ小さいんだろう? おそらく小学生だけど「俊介」の字は上手だな。これだけで何時間も話せるんです。


女の子の名前が書かれているのに、どう見ても男の子向けゲームみたいなものもあります。お兄ちゃんのお下がりかな? それよりもお兄ちゃんに「これ、おもしろいから誕生日に買ってもらえよ」と言いくるめられたとか。そういう話を本人に聞くことができたらおもしろいですよね。


1回110円。本当にお金を取っていたのか気になるところ


「1回110円」と書かれたカセットを見ると、おそらく、消費税3パーセントが導入されたときのじゃないか? 小学生ぐらいなら、ふつうは「1回100円」とかわかりやすい数字にするはずですよね。


でも、消費税3パーセントになったとき、自動販売機の飲み物の値段が110円になったんですよ。1989年のことですから、時代的にもピッタリ。本人的には100円の感覚だけど、世の中に110円という流れがあり、無意識に110円と書いたんだと思います。


このように、カセットの数だけ物語があります。名前はたいていカセットの裏側に書かれることが多いなか、タイトルやイメージがプリントされた表面に書く人もいる。カセットというモノに対する考え方が現れますね。本当にいろいろな人がいることがわかる。


表に堂々と名前を書く人もいれば、ビックリマンシールを貼る人も


自分は箱もカセットもキレイに残しておくタイプなので、信じられないものがたくさんありますね(笑)。



現代のゲームづくりに影響を与えた、ファミコン時代の体験


名前入りカセット博物館は個人的な趣味の活動ではありますけど、本業に生かしている部分もあります。それがファミコン風のゲームづくりです。


私はゲームクリエイターとして、ゲーム制作会社を経営しています。昔と違って、1本のゲームに1年も2年も時間はかけられないし、会社の資金的にもむずかしい。小さいゲームをある程度のサイクルで出すようにしています。


今はパソコンがあれば誰でもゲームをつくって、配信することができます。個人では開発環境を用意したり、パッケージを製造する資金を用意することは非常にむずかしかったです。


ただし、つくりやすい環境である反面、リリースされる数が多すぎて、全部が埋もれてしまっている。予算がないですから、ボリューム的に大手企業のタイトルにはかないません。たまに個人がつくったインディーゲームが流行ることもありますが、それは宝くじに当たるようなものです。


そんな状況でどんなゲームをつくるか? その一つがファミコン風のゲームなわけです。ファミコンのゲームの特徴であるドット絵を現在のゲームで表現してみよう。


自分はドット絵のゲームこそ、ゲームをやっている充実感があります。それに共感してもらえる人が楽しめるゲームをつくると、結果的にライトユーザーにも届くことがわかりました。


たとえば、『伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠』というタイトルは、ファミコン時代の雰囲気を再現したものですが、当時のこのようなタイトルをプレイしたユーザーだけじゃなく、最近のゲームユーザーにも楽しんでもらえています。


『伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠』のゲーム画面


最初はドット絵って古臭く思われてしまうんじゃないかと思ったんですけど、ゲームとしての完成度があれば、一つの表現として受け取ってもらえます。最近の小さな子供が今のリッチなゲームでなく、ファミコンのようなゲームでも楽しく遊ぶんです。ゲームがもつ本質的な楽しさはいつの時代も変わりません。


私にとって、ファミコン時代のゲーム体験が、今のゲームづくりに生きています。自分の世代はゲームの進化とともに歩んできた、成長できた世代だと思っています。ゲーム黎明期から、現在の飽和した時代まで。そう考えると、最高にラッキーなタイミングで生まれたと思いますね。


自社のゲームタイトルをロムカセットにする試みも。実際にファミコンでプレイできる



名前入りカセット博物館の今後


名前入りカセット博物館は乗りかかった船のようなものなので、できるかぎり続けていきたいと思っています。一般的なコレクションとは違って、金額の評価がつかないものですけど、名前が入ったカセットは新品よりも希少価値がある。


できれば、展示会を常設したいんです。現時点では展示会は東京に限られてしまうので、ネット上でも検索できるようになっています。でも、本当は実際に足を運んでみてほしい。ズラッと並んだカセットの中に「あ、俺の!」という感動があるかもしれないし、小さい頃に遊んだゲームを思い出すことができるかもしれない。


絵画をデータで見るのと、実際に展覧会で見るのとでは印象がまったく違うように、カセットにも、データにはない実物ならではのすごみがあります。実際に見て、触って、得られるものは少なくありません。


来年(2020年)は東京オリンピックの年です。カセットに名前を書くことは海を越える習慣だったわけですから、来年、また展示会を開催すれば、世界中の人に楽しんでもらえるはず。


外国人だって、自分の持ち物には名前を書く


そうなれば、規模感はもっと大きくなるかもしれませんが、ちょっとしたジレンマもあります。大きくなると手間が増えるので、やり取りも効率重視で、「特定のフォームに記入してください」とか、「承諾書にサインしてください」とか、運営がだんだんシステマチックになってしまう。それじゃ、おもしろくないですよね。規模感を大きくしつつ、アナログ感を失わないようにすることをどうやって両立させていくかは今後の課題です。


ゆくゆくは、ニューヨーク近代美術館とかで展示してみてほしいんですけどね(笑)。名前入りカセットにはそれぐらいの可能性があると思っています。いつでも行きますよ。ニューヨークへ。

 

名前入りカセット展 2019 ※終了

開催日:11月16日(土)~12月8日(日)

入場料:無料

時間:平日16:00~21:00/土・日12:00~21:00

場所:フライハイカフェ 東京都千代田区神田和泉町 1-6-7


名前入りカセット博物館

 

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