【クラフトビールの現在地】クラフトビール消費にまつわるテクノロジーと文化
- 沖 俊彦
- 4月1日
- 読了時間: 9分

コロナ禍を経て加速したテクノロジーの活用。クラフトビール業界も例にもれず、さまざまな場面でデジタルシフトが進んでいます。非対面販売やタッチパネルのが普及して便利になった一方で、コミュニケーション機会は失われています。こうした流れに抗うことはできません。それでは、これからクラフトビールはどういう形のコミュニティの形を持っていくのでしょうか。
ビール業界でも進むテクノロジーの活用
2025年の今から思い返せばコロナ禍は本当に大変でした。お酒は悪者になって外食産業が止まり、お酒関連イベントも軒並み中止となったのは記憶に新しいところです。勢いのあったクラフトビールはいきなり窮地に陥り、酒販店を営む私はこの先どうなるか不安だったことを強く覚えています。
その頃、「クラフトビール文化を守ろう」というスローガンを掲げ、家飲みをすることで苦境に立たされたブルワリーを応援しようという動きがありました。これに対して、ブルワリーの支援は良いとしても、私は少々違和感を覚えました。ここで言うクラフトビール文化とは一体何なのかわからなかったからです。文化というものは自明のようで、実のところそうではないような気がします。
デジタル大辞泉によると、文化とは「人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体」であると説明され、特に「哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される」とされます(※1)。ビールそのものに加えて、それにまつわる人々の活動の総体を指すとすれば、たしかにクラフトビール文化はあると思います。
もう一点付け加えると、上記の記述で文化は文明とは異なるとされているのが興味深い。文明と言えばテクノロジーを駆使した機械が思い浮かびますが、これをクラフトビールに引き寄せて考えると、文化に付随する物質的所産、つまりクラフトビール文明とでも言うべきものがコロナ禍をきっかけにずいぶんと進化していることに気がつきます。
広く酒販及び外食産業を見渡せば、コロナ禍で非対面店舗が生まれてテイクアウト業態も普及し、飲食店での注文もタッチパネルになりました。気がつけばネコ型配膳ロボットも大手ファミリーレストランなどを中心に普及が進んでいる最中です。テーブルでのQRコード決済も広まっていて、レジに行く必要すらなくなりつつあります。
便利にはなったけれど……?
テクノロジーが進歩し、便利になっていく代わりになくなってしまったものがあるような気がしてなりません。たとえば、お店のスタッフとの他愛もない会話や注文に関する相談などが減少しているのは多くの方が感じているところではないでしょうか。酒販店ではスマートフォン片手にじっと黙ってビールを選んでいる方をよく目にします。SNSはもちろん、クラフトビール評価アプリケーションにはリアルタイムのタップリストが掲載され、お店に行かずとも何が今飲めるかわかるようになっていますから、パブでも似たような光景が見られます。
お店とコミュニケーションを取ることなく、すべてが済むことを歓迎する方もいらっしゃるでしょう。それを理解をする一方で、心身の安全や利便性の向上のために導入した文明の利器のおかげで文化的活動の促進が妨げられていると感じられます。結果として、コミュニティの醸成および発展については悪い方向に作用するのではないかと心配になります。文明が進行する代わりに旧来からの文化が後退しているかもしれません。
ここでコミュニティの形態を2つに分けて考えたいと思います。ブルワリー、酒販店やパブ、そして消費者の各レイヤーにおける横の繋がりで生まれるコミュニティと、レイヤーを超えた縦の繋がりを持つものです。パブに一緒に飲みに来た友人たちとコミュニケーションが取れれば良い場合もありますが、これは消費者同士のグループなので横の繋がりです。先に挙げたテクノロジーは縦の繋がり、つまり店舗スタッフとのやりとりを疎外し、代わりに横の繋がりを強化します。これはこれで大事なことですが、縦方向のコミュニケーションがゼロだといろいろマズいのです。お店側とのやりとりがゼロであることは実は長い目で見るとシーン全体の損になると私は考えているからです。
お店と消費者との間で交わされる注文に関するやりとりや飲んだものの感想などの中には数値には現れないさまざまな要素が隠されています。統計では拾えないリアルなシーンの一端がそこにあって、それをお店からブルワリーにフィードバックすることで次のビールの改良に繋がります。ビールはブルワリーから飲食店や酒販店、そして消費者へと流れるけれども、情報は消費者から業務店を経由してブルワリーへと還流するのです。そして、このサイクルが上手に回ることで美味しいビールがまた消費者に巡ってくるのだから、私はお店の方と積極的にコミュニケーションを取った方が良いと考えます。縦の繋がりを持つことは皆のためでもあり、自分のためでもあるのです。
そうは言っても、すべての人が等しくクラフトビールを愛しているわけでもなく、関わり方やその度合はさまざまです。それを否定しても始まらないので、濃淡あるコミュニケーションを前提に縦・横それぞれのコミュニティ形成を考える必要があります。昨今の情報環境を考えれば、対面接触の不足を補う、もしくは代替するのはSNSを利用した緩い繋がりでしょう。時間、場所に制限されることなく、相互に繋がることで新たなコミュニティ空間が生まれています。
そこで私が提案したいのは、一言で良いから飲んだビールの感想をSNSで呟くことです。飲んだすべてのビールでなくても構わないのでぜひやってください。これは巡り巡ってシーンを良くすることに繋がります。醸造家は出荷した後の自社ビールがどうだったかを直接知る術はなく、そのためにまめにエゴサーチをしています。肯定、否定を問わず、とにもかくにもリアクションを醸造家は求めているのです。多かれ少なかれ酒販店やパブについても同様で、何かの形でリアクションがあると嬉しいと思います。直接的ではなく間接的で、強くはなくて緩いけれども、こういう形で垂直方向のコミュニケーションが取れたらクラフトビールシーンはもっと良くなっていくに違いありません。
オードリー・タンの言葉に見るコミュニティの未来
さて、それでは水平方向のコミュニティの発展についてはどうでしょうか。こちらでもやはり各種SNSが活用され、クラフトビールに関するグループが存在しています。クラフトビールに限らずオンラインコミュニティはゲームなどのジャンルですでに大きな存在感を示していて、ビジネスもそうしたファンダムとの関わりを無視できなくなっています。しかしながら、ゲームなどとクラフトビールは性質が異なり、それが理由となってコミュニティ内部の繋がり方やその強度が大分違います。
理論的には上限なく多くの人が同時に同品質の体験をすることが可能なデジタル消費とクラフトビールを同列に語ることはできません。クラフトビールはデジタル情報のように完全な複製は可能ではなく、個体差によって品質もバラバラだからです。経時変化も加味すれば同じバッチの同じ銘柄を飲んだとしても同じ体験にはなりません。そのため、クラフトビールをテーマにしたコミュニティでは同一の体験を同時に共有してその喜びを確認し合うのではなく、個々の情報の交換など他の行為が中心になると予想されます。
これだとコミュニティの維持が難しいのではないかと最近考えています。共有された同一体験がないとそもそも集まるための理由が弱い気がするのです。私にはまだ結論は出せていませんが、それでもオンラインコミュニティは成立可能だと信じています。そのヒントがオードリー・タンの言葉にあるような気がします。
台湾のデジタル大臣を務めたオードリー・タンは対面とオンラインのハイブリッドな方式のコミュニケーションについて以下のように述べています(※2)。
私は5、6年近くにわたって、週に4日、フランスのパリにいる精神分析家ジゼルによる精神分析を受けていました。彼女は半年に1回は1カ月ほど直接会うべきだと主張するのです。(中略)でも、残りの5カ月間は、今のようにビデオ会議で行っています。
ビデオ通話では微妙な表情の変化がわかりにくいので、細かいニュアンスが失われてしまいます。情報が圧縮されることで失われるのです。(中略)
でも、だからといって、リモートでのセッションを続けられないわけではありません。なぜなら、半年に一度、お互いが心の中に抱いているお互いのイメージを調整し合うからです。(中略)ですから対面とオンラインのハイブリッドな方式が、きっと一番いいのではないでしょうか。
会ったことがある人と会わないでやりとりすることは可能だけれども、会わない時間の間に双方変化しており、かつてのイメージと現在に齟齬が生まれる可能性があることを指摘しています。知らない人の提案は響かないのであり、やはり名前と顔がわかる関係性の意味は今もなお重要です。
きっとクラフトビールをテーマにしたコミュニケーションも同様で、年に2回くらいビール祭りで乾杯する間柄ならば普段はオンラインでも良いのでしょう。物理的な液体であるビールをデジタル情報にはできないので、クラフトビールは場と切り離すことはできません。会って乾杯して話すという何気ないことが持つ文化的な重要性を改めて思うに至ります。

沖俊彦(おき・としひこ)
CRAFT DRINKS代表
1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算850本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。2022年には日本人初で唯一のNorth American Guild of Beer Writers正会員となり、ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。