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【クラフトビールの現在地】環境対策と社会的正義、嗜好品としてのビールの関係

執筆者の写真: 沖 俊彦沖 俊彦

気候変動対策が急務であると叫ばれて久しく、脱炭素など環境対策に世界各国乗り出しています。どの産業にもその対策が求められていますが、ビール業界ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。本稿では、ニューベルジャンブルーイングやブリュードッグの事例を起点に、さまざまな環境活動と現状に触れながら、業界進むべき方向性と課題を考えていきます。



環境とクラフトビール


 昨年の夏も例年以上に暑い日が続きました。行きたかったビール祭りがいくつもあったのですが、あまりの暑さに見送ったものもあります。やはり35℃を超える野外でお酒を飲むことは身体に相当な負担をかけます。人によっては生命の危機に発展するかもしれません。決してこれは冗談ではなく、アルコールは利尿効果があるのでいつしか脱水症状になりますから本当に危ないのです。


 それにしても、私が子どもの頃はこんなに暑くはありませんでしたし、ゲリラ豪雨もなかったと記憶しています。それほど世界的に気候が変わってきているのだと実感します。気候変動対策が急務であると叫ばれて久しく、さまざまな取り組みが進められているのは皆様ご存じのとおりでしょう。脱炭素など環境対策に世界各国乗り出しており、どの産業にもその対策が求められています。ビール作りも例外ではありません。環境にやさしい醸造に関するクラフトビール業界の取り組みをいくつか紹介します。


 アメリカのニューベルジャンブルーイングをはじめ、いくつものブルワリーがクリーンエネルギーを利用した醸造を進めています(※1)。ソーラーパネルの設置、廃水からの発電、醸造プロセスでの熱の回収と再利用など、その分野は多岐に渡ります。一般にビール醸造は出来上がるビールの数倍の水を使用して作られます。洗浄や冷却などに大量の水が必要になるからです。



 また、お湯を沸かす必要もあるので二酸化炭素排出も考慮されねばなりません。これらを減らすことは地球環境にとって確かに意味あるものになります。同社のフラッグシップビールである「Fat Tire(ファットタイヤ)」はアメリカ初のカーボンニュートラル認定ビールでもあり、2030 年までにブルワリー自体がカーボンニュートラルになる予定です。


 また、スコットランドのクラフトブルワリーであるブリュードッグも環境対策に乗り出しています。2020年に世界初のカーボンネガティブビールを作り、以後積極的に活動を進めています。その指針は明快で、以下のように示されます(※2)。


BEER FOR YOUR GRANDCHILDREN
Right now, as we type, we’re brewing beer. And we’re planning on brewing beer tomorrow. And the day after. And every day after that until your grandchildren are drinking it too.
孫のためのビール
今、これを書いている間にも、私たちはビールを醸造しています。そして明日も、明後日も、そしてその後も、あなたの孫たちがそれを飲むようになるまで、毎日ビールを醸造する予定です。



アップサイクルの是非


 醸造以外でもさまざまな取り組みが為されています。配送による二酸化炭素発生を抑制するのに効果があるされる軽量瓶の開発や片道配送で済むワンウェイケグの導入もその一環と見ることが可能です。また、缶や瓶をちゃんとリサイクルすることはもちろんですが、通い瓶としてのグラウラーを利用することも消費における1つの環境活動と言えるでしょう。


 このような取り組みやその社会的意義が各種メディアを通じて喧伝され、各人の生活に少しずつ浸透していると皆さん肌で感じるところだと思います。レジ袋は有料になりましたし、簡易包装も当たり前になりました。こうした無理のない小さな積み重ねで世の中が良くなるのであれば嬉しい。けれども、こうした潮流を意図的に曲解しているように感じられるものも出てきていることは指摘されて良いと思います。


 外国の大きな企業のような投資が出来ない小さな日本のブルワリーでもさまざまな取り組みを始めています。SDGsの文脈で「アップサイクル」という言葉を最近よく聞くようになりました。これは本来廃棄される予定の製品や素材に新たな付加価値をつけて再生する手法のことです。規格外のB級品とされる農産物や製造時の副産物を利用したビールのことをニュースで聞いたことがある方も多いと思います。


 こういったものの意図を理解する一方で、最近アップサイクルが無条件に世の中にとって良いことであるという主張が強まっていると感じます。そうして作られたビールの説明にはアップサイクルの意義が前景化していて「嗜好品として美味しく楽しむ」というこれまでの大前提が引っ込められているものばかりです。社会的意義が存在感を強め、個々人の嗜好、もっと言えば幸せの追求が二の次とされる傾向が強まっていると感じざるをえません。


 ここで立ち止まって改めて考えてみたいのは、新たな味覚体験や快の追求が最低限提供されないものを消費者は継続的に飲むのかという素直で素朴な疑問についてです。言い換えれば、善きものは美味しさを超えるのかについて考えてみるのも大事なのではないでしょうか。確かにSDGsが叫ばれ、気候変動などに対応しなくてはならないのは間違いないと私も思います。


 しかしながら、その解決方法を詰める議論が足りていないような気がしてなりません。広く楽しまれているカジュアルなお酒としてのビールにおいては最終プロダクトが美味しいこと、お手頃価格であること、そしてできれば無駄を減らして環境に良いことが同時に達成されるのが重要です。まず第一に「美味しいこと」や「その素材を使うことで新たな味覚的特徴を備えていること」という価値を主軸に宣伝していただきたいと強く願います。



善き消費と美味しいビールは両立できるか


 ……まぁ、ここまではあえてキレイゴトを言ってみたのですが、それをそのまま貫き通せるほど現代はシンプルではありません。今のところ環境問題と企業の存続はトレードオフであることも少なくなく、社会的な正義によって購買理由が生まれるならば色々と目をつぶってそれを打ち出すことも致し方ないのかもしれません。


 好意的に解釈するならば、今はまだ途上であって最終的な解を出す前の段階なのでしょう。であれば、なおのこと消費に大義名分が求められる空気感について考える必要があると私は考えます。善き消費と美味しいビールが両立して欲しいと思うのです。


 環境に良いことを前提に、より一般の方の生活に近づけて考えてみるとコロナ禍で注目の集まったグラウラーを起点にエネルギー消費の少ない消費を今一度考えても良いでしょう。水以外の原料をほぼ全て輸入に頼る日本で消費者がどこまで善きことができるかは専門家の意見を待ちたいですが、製造と消費の距離が近い方がエネルギー消費や二酸化炭素排出、これに加えてビールの鮮度の点で良いとすれば、本来の意味である地産地消の地ビールが再評価されて然るべきではないでしょうか。


 こういう視点で事業者と消費者の双方が対話をし、美味しいビールをよりエコな形で製造・消費するかについて議論されることが求められていると感じます。拙稿「クラフトビールの流行を支える、ブルーパブの魅力」(※3)で示したブルーパブは醸造と販売を兼ね備える立場なのでその役割にうってつけです。そして、その行為が場にコミュニティを生むものとなってくれるに違いありません。



 冒頭の夏の異常なまでの暑さに話を戻すと、ビールにはたくさんの種類があり、涼しい季節に飲んで美味しいものもたくさんあるのだから、ビール祭りは真夏ではなく春秋冬に行うことを提案したいと思います。快適な環境で消費者がビールを楽しめてこそ、産業としてのビールが発展します。


 そのためには「ビールは夏のもの」という既成概念を打ち壊すことが必要です。そうなれば一年通して大きな変動のない醸造が可能となり、ブルワリーの経営安定化にも繋がります。クラフトビールが既存のビールの概念を覆すものになり得る。そこにクラフトビールらしい破壊的創造の一側面が現れると思うのです。

 

沖俊彦(おき・としひこ)

CRAFT DRINKS代表

1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算850本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。2022年には日本人初で唯一のNorth American Guild of Beer Writers正会員となり、ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。

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