
大都市及びその周辺でない地方は、人口流出によって地元に商圏がなくなっていくことが確実です。そのため、ブルワリーは大都市圏への販売に注力しますが、同業他社も同じ状況なのでアテンションの取り合いが熾烈になります。同じ客層では疲弊する一方なので、ここ数年注目されるのが異業種コラボレーションです。スポーツ、音楽、アニメなど相手は多岐に渡り、コラボレーション相手とアテンションを融通し合い、クラフトビールに対する関心がない、もしくは少ない方へのアプローチ方法として有効に働いています。昨年取材したガンバ大阪と箕面ビールの事例とともに紹介します。
ビールの消費量は増えているのか?
現在クラフトビールが人気だと言われていますが、そのビールを作るクラフトブルワリーがどれほどあるかご存じでしょうか。きた産業の調査(※1)によると、2021年末で558軒、2022年末で677軒、2023年末で803軒です(※2)。
拙稿「クラフトビールのマーケットシェア1%は本当か?」にて指摘したように、何をもってクラフトブルワリーとするかは議論を要するところですが、非大手の小規模醸造所が増えているということは間違いないと言っていいでしょう。ここ数年でかなり増加していて、そこそこ飲んでいると自負している私も試したことのないところばかりになりました。
※1 きた産業 全国醸造所リスト https://kitasangyo.com/beer/MAP.html
※2 このリストの調査方法と掲載基準は「このリストは、1995年の地ビール解禁以来、きた産業が独自に継続的に調査をしているものです。大手-キリン・アサヒ・サントリー・サッポロ-が経営した・するクラフト・ブルワリーを含む。」であることに注意。日本に統計的基準としてのクラフトブルワリーを定義する団体や機関が無いために統一的見解は存在しない。
さて、ブルワリーの増加に伴って消費者もしくは消費量が増加していれば問題ないのですが、統計的定義が定まっていない日本でそれを知る術はありません。コロナ禍が明けて昨年は全国各地でビール祭りが開催されました。各種SNSで見る限りどこも大きな賑いを見せていたようですが、肌感覚としては消費者もしくは消費量がブルワリーの増加に追いついているようには感じられません。少なくとも需要が供給を上回っているバブルのような感覚はないのです。
夏場のビール祭りのような、日常ではなく特別な空間での消費はあくまでも一時的なものであって、一年を通じて楽しまれる形、つまり日常により近い形になってもらいたいものです。そういう形を模索していきたいと切に願いますが、取り急ぎ目の前の現実を直視し、各ブルワリーはしっかり売って企業として存続していくほかありません。
上述の通り、ブルワリーの増加と共に市場に供給される銘柄も増えました。それは販売者同士の競争が激化しているということを意味します。拙稿「クラフトビールはどこで誰に飲まれているのか?」(※3)の発展型として今回検討したいのは、同業者間の競争激化に伴って生まれる認知獲得についてです。
前回の連載で、地元ではなく都市部に販売していく場合、「直接対面で消費者に語ることができないので、購入して飲んでいただく前に認知・関心を獲得しなくてはならない」と述べました。その具体的な手法として各種SNSを利用することはもはや常識となり、今や行っていないブルワリーは皆無です。同業他社も同じ状況なのでビールファンのアテンションの取り合いは熾烈を極めます。全国各地のブルワリーが同じ客層を対象としているのでは疲弊する一方です。そこで何か打開策が必要です。
Jリーグに見る異業種コラボの可能性
ここ数年注目され、事例が増えているのが「異業種コラボレーション」です。音楽、アニメなどコラボ相手は多岐に渡り、ごく最近の例だとWest Coast Brewingと電気グルーヴ(※4)、DD4D Brewingと超電磁マシーン ボルテスVのものが発売されています。スポーツだとバスケットボールのプロリーグであるBリーグのチームは各地のブルワリーとコラボしてオリジナルビールを作って販売しています。
これらはクラフトビールに対して特に関心がない、もしくは少ない方へのアプローチ方法として有効です。コラボ相手も同様で、アテンションを融通し合いつつ相互にリーチできなかった層にアプローチ可能となるWin-Winな形であると思います。
この「異業種コラボレーション」を深堀りするために昨年取材したサッカー・Jリーグ1部のガンバ大阪と箕面ビールの事例を紹介します(※5)。ガンバ大阪では2021年からオリジナルラベルのビールを地元の箕面ビールに製造してもらい販売していました。その後オリジナルレシピによる独自のビールを定期的に発売するようになります。
ガンバ大阪がクラフトビールを手掛けた理由は様々ありますが、まず第一にコロナ禍で直接試合観戦ができなかった際にサポーターとのつながりを途絶えさせないようにするという重要な役割がありました。ガンバビール片手にDAZNでの配信で観戦を提案し、多くのサポーターにそれは受け入れられました。以後試合観戦が再開されても頒布会という形でこの取り組みは続いています。
また、クラフトビールを手掛けるのにはサッカーというスポーツ興行の性質が大きく作用しています。野球と異なり、試合が一度始まれば止まることのないサッカーでは試合中スタジアムの中で基本的に飲食をしません。ちょっとビールを買いにいこうと離席している間にゴールが決まってしまったら目も当てられませんから、開始したら試合に集中するのです。
そのため、自宅を出発してから試合後帰宅するまでのサッカー体験を彩り、盛り上げるために試合開始前のスタジアム場外の魅力アップに注力しています。飲食の屋台はもちろん、公式グッズショップ、子どもが楽しめるアトラクションも設置されます。その中にビールブースも出店し、試合の日一日をまるっと楽しんでもらえるようにしています。
ガンバビールは度数5〜6%程度の重くないものが提供され、試合観戦前に深酔いしないよう配慮されています。やはり試合がメインなので何杯も召し上がる方は多くありません。一杯で満足感のあることが重要になり、度数は低いながら薄い味わいのものではなく、山椒が効いたペールエールやホップの効いたヴァイツェンなど季節やフードとのペアリングを意識したパンチのあるものになっているのが特徴です。既存のガンバサポーターは勿論、アウェイの試合観戦に来た相手チームのサポーターにも好評だと伺っています。
さて、製造側の箕面ビールはどうでしょうか。いわゆるOEMを引き受けるだけであれば発注通りに作って納めれば良いのですが、この協業についてはそうではありません。もっと強いコミットメントをしています。スタジアムのある地域にあるブルワリーとして、またサッカーを愛する者として、加えてガンバ大阪側の熱意もあって引き受けたそうです。地域のチームと地域のメーカーが協力し合うことに意味が生じ、ファンの方もその地元愛から応援してくださいます。単にオリジナルラベルのものを作るのではないことが伝わることが重要です。
このビールによってガンバファンのみならず、対戦相手にも箕面ビールの存在を知ってもらう機会になるのはメリットの1つですが、他にも良かった点が挙げられます。地元・箕面市のふるさと納税返礼品にガンバビールを加えることができました。地域のサッカーチームというものが資源となり、新たな関係人口を作り出すものとして活用出来ている事例として考えて良いでしょう(※6)。
※6 ビールと関係人口については拙稿「クラフトビールはどこで誰に飲まれているのか?」 https://www.mirai-idea.jp/post/craftdrinks03
取材した範囲ではこのコラボレーションに噛み合わない部分はないように見えましたが、一般にプロスポーツとの異業種コラボで注意したいことがあります。チームの名称やロゴが知財としての価値を持っていて、それらを使った商品を作るには小口で良いので協賛企業にならねばならないという条件があることです。
当然、チームイメージを悪くする懸念のある商品には使えませんし、単独スポンサーで無い限り他のスポンサー企業への配慮も欠かせません。異業種コラボは同業者間の激しい競争において新たなアテンションを獲得する方法として有効である反面、一方のミスが他方にも影響するということは忘れてはならないでしょう。

沖俊彦(おき・としひこ)
CRAFT DRINKS代表
1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算850本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。2022年には日本人初で唯一のNorth American Guild of Beer Writers正会員となり、ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。