
クラフトビール発祥の国であるアメリカでは、成長鈍化が指摘されるようになりました。それに伴い、廃業や買収によるグループ化なども進んでいます。また、商品ポートフォリオの多角化も進んでいる中、これからはビールだけに注目するのではなくCraft Brewingとしてより広い視野で眺める必要があります。日本のクラフトビールシーンはどうしていくと良いのでしょうか。
アメリカ市場の今
アメリカでクラフトビールが流行しているのは間違いなく、たしかに一時はバブルでした。けれども、すでに右肩上がりとは言えない状況だということは日本であまり語られていないように思います。本稿ではアメリカにおけるクラフトビールの今を素描し、それを受けて日本のこれからについて考えてみたいと思います。
初めにアメリカのクラフトブルワリーの組合であるBrewers Associationが毎年発表している、National Beer Sales & Production Dataの最新である2023年版を見てみましょう。
大手を含むビールの消費自体が減少していて、クラフトも昨年対比1%のマイナスです。これに加えて、小規模なプロダクションブルワリーの閉鎖が開業をついに抜くまでになりました。ブルーパブ業態も2018年のピークと比べるとかなり減ってきていて、こちらでも閉鎖が開業を追い抜きそうです。
ただし、これらがすなわちクラフトビール人気の凋落であると判斷するのは誤りでしょう。インフレによる購買量の減少や隣接ジャンルへのスイッチ、人件費や家賃の高騰など様々な個別の要件が重なり合った結果であり、クラフトビール自体がオワコンになったというわけではないことは強調しておきたいと思います。急成長の時期が終わり、成熟期を迎えたと認識するのが取り急ぎ適切だと私は考えています。
とはいえ、コロナ禍を挟んではいるものの成長は鈍化してきているのは間違いなく、行く末を案じる意見が多数出てきています。そんな中、新しい流れも幾つか見えてきました。
ブルワリーの買収で進むブランドの統廃合
第一にブルワリーの買収によるグループ化が新たなプレーヤーによって進められています。2000年代からしばらくはアンハイザー・ブッシュ・インベブやモルソン・クアーズという大手ビール企業によるクラフトブルワリーの買収が目立ちましたが、近年は他ジャンルに基盤を持つ新興勢力による買収が多く見られます。たとえば、合法大麻製品企業であるティルレイやエナジードリンクメーカーであるモンスターブルーイングです。日本でも人気のサンディエゴのモダンタイムスもハワイに本拠地を置くマウイブルーイングのグループであるクラフトオハナの傘下にあります。
拙稿「クラフトビールの流行を支える、ブルーパブの魅力」(※1)で以下のように示した通り、ビール産業は規模が物を言う世界であり、統合によるメリットは大きい。製造・流通のみならずバックオフィスの業務も同様で、買収とともにリストラも行い再構築を図っています。恐らく今後販売アイテムも収益性を元に集約していくことでしょう。
ビール醸造はずばり設備産業です。タンクのサイズとその本数および稼働率で製造量は決定され、そこから最大の売上高も決まります。単純化して言えば、大きなタンクをたくさん所有し、それをどんどん稼働させてビールを製造・販売できれば儲かるということです。実際に大手ビール会社は機械による自動化やさまざまな技術を駆使して少品種・大量生産することでこれを実現していて、単位あたりのコストを相対的に下げています。
ビヨンドビール=隣接領域への展開
全国展開する大きなブランドの統合が進む一方で、ローカルなブルワリー、ブルーパブもなかなか大変そうです。コロナ禍で家飲みが普及したおかげでビール以外の缶商品がかなり伸長しました。その傾向が顕著なのがハードセルツァーです。サトウキビの糖分を発酵させ、果物などで風味付けをしたシュワシュワとしたドライな飲み物で、そのさっぱりした味わいが人気となっています。
クラフトビールよりも若干安い価格帯で展開されているのもあってか若い方を中心に高い支持を得ています。ホワイトクロウ、トゥルーリーという2大ブランドが市場を席巻する中、大手ビール会社もバドライトやクアーズ、果てはマウンテンデューなどの既存有名ブランドの中にハードセルツァーを作り、対抗を強めています。ここにコカ・コーラのトポチコなども参戦してきているので正に群雄割拠のマーケットです。クラフトビール業界内部の再編も注目すべきトピックですが、ビールの隣接領域との競争もまた激しくなっているのも見逃せません。
この「ビールの隣接領域」というのがこれからを考えるための重要なキーワードです。現在業界ではBeyond Beer(ビヨンドビール)と呼んで注目されています。2019年にビール世界最大手、アンハイザー・ブッシュ・インベブが投資家向けの資料でこの概念を発表しました。同社の考えるビヨンドビールは自社のさらなる利益向上が見込め、自社の既存リソースを活用することで参入可能なビールの隣接領域にある酒類の一群です。消費者の嗜好が多様になっていくのに合わせ、これらを駆使してビールを超えた場所、つまり「自社の強みをそのまま活かせる隣接領域」へも事業を展開して稼いでいこうというわけです。
ビヨンドビールの具体的なものとしてはハードセルツァーはもちろん、シードル、ハードコンブチャ、ハードティー(アルコール入り紅茶)、小容量スパークリングワイン、ノンアルコールビールなど、その範囲はかなり幅広く、積極的に展開されています。まだどの企業もどのジャンルが当たるか分かっていません。そのため、どれか1つでも大きく当たれば御の字というつもりなのでしょう、ブランドの新規立ち上げや中小企業の買収も盛んです。数年で撤退するブランドも数多く、多産多死が当たり前の非常にアグレッシブな世界です。アメリカにおけるクラフトビールは成熟したからこそ内部環境、外部環境共に激しさが増し、消費者にとってどれだけの価値があるのかを試されるように思われます。
よくよく考えてみると、上記で挙げたものは日本の大手ビール会社がすでに手掛けているものばかりです。ハードティーはないけれども、お茶割りだと考えれば緑茶ハイやウーロンハイが昔から缶で販売されています。ハードコンブチャも機能性飲料の派生形だと考えれば納得していただけるでしょう。日本のお酒の環境は世界に先んじてビヨンドビール化していた言って差し支えありません。
たしかにクラフトビールにおいては後発であり、統廃合は全く進んでいないけれども、大局的には成熟したマーケットなのです。大手のビールや缶チューハイを消費のベースにしながらも、他方ジンやウイスキーの蒸留所などは増加しており、近年は全く新しいジャンルであるクラフトサケにも注目が集まっています。こうした新たな潮流がクラフトビールにも影響を与え、日本ならではの形に育っていくのではないかと考えています。
その具体的な形は読めませんが、たとえばアサヒビールが取り組むスマートドリンキング(スマドリ)(※2)のように、飲めない方、弱い方も包摂する形での発展を目指すのも1つの有力なあり方でしょう。とはいえ、人口減少フェーズであり、お酒の消費自体も下がっていることから考えて、大手に比するビール会社が現れることは考えにくい。おそらく一時のアメリカのようなバブルが到来することはありません。
けれども、2010年代以降クラフトビールという概念が広まり、そのおもしろさは着実に消費者に伝わってきたと思います。すでに多ジャンル化し成熟している日本においてはその規模は大きくないながらも1つのジャンルとして定着していくことでしょう。GDPで測れない幸せと言いますか、金額ベースでは大きくなくとも、コミュニティ内部の意味強度によって求められるものになっていく気がしてなりません。外部から伝わってくるストーリーへの共感の先を考える時期に来たのだと私は思います。

沖俊彦(おき・としひこ)
CRAFT DRINKS代表
1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算850本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。2022年には日本人初で唯一のNorth American Guild of Beer Writers正会員となり、ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。