「1等・前後賞合わせて10億円」。令和になって最初の年末ジャンボ宝くじが12月21日まで発売された。テレビCMで見かけたり、実際に購入した方も多いに違いない。その宝くじ、昭和20年の発売以来、じつに70年以上に渡って日本人に愛されてきた一大レジャーである。そんな長い歴史をもつ宝くじも人口減をはじめとした理由から、年々売り上げを落としてきた。第一回から宝くじを販売する有限会社八巻の代表を務める恩田禎司さんと宝くじの歴史をふり返りながら、宝くじ売り場の新しい取り組みを紹介する。
戦時中に誕生した宝くじの前身「勝札」
宝くじはもともと「勝札」という名前で、昭和20年7月に発売されました。当時は戦時中で、国民から戦費を集める手段として考案されたんです。勝札を買うということは、「決戦戦力の増強に寄与するもの」とされたようです。発売期間は、昭和20年7月16日~8月15日で、発売期間の最終日はくしくも終戦の日でした。
8月15日の正午、玉音放送により日本が太平洋戦争に降伏したことを国民が知ると、その日の午後には、「負け札だ」といわれ、誰一人として買う人がいなくなってしまったようですね。
抽せん会は発売業務を担当していた部署の疎開先となっていた、長野県の日本勧業銀行長野支店で昭和20年8月25日に行われました。
1枚10円で1等賞金は10万円。現在の4000万円相当
その後、勝札は「宝籤」という名称になって同年10月に発売されます。今では「宝くじ」という表記ですが、昔は「宝籤」と漢字表記でした。
「第一回宝籤」は、戦災復興・地方振興という敗戦した日本を建て直す目的で登場し、賞金だけではなく、副賞で綿布やタバコ、缶詰などの賞品もつきました。
「宝籤」という名称になったのは、戦後間もない当時、物資不足だったため、副賞の物品こそがまさに「宝物」に等しかったことから、「宝籤」と名前を決めたそうです。
当社の八巻務も、小岩駅前の交番わきにスタンドを出して第一回宝籤を売りました。駅前とはいえ、荒涼たる焼け野原でしたが、とてもよく売れたそうです。買いたいものがあっても非常に高くて、そんな余裕はありません。そこで、宝くじで夢を買ったのでしょう。
通常、宝くじの裏側には抽せん日や当せん金の等賞が書いてあります。ところが、第一回の宝籤の裏面には何も書いてありません。戦後間もなくということもあって、印刷コストの削減からとも言われています。第2回の宝籤は、表の印刷もほぼ第1回宝籤と同じデザインです。第1回の版を流用して、上から赤いふちを足しただけ。戦後の苦しい状況はこうしたところにも表れていますね。
第一回宝籤
裏面には何も書かれていない
宝くじは発売元によって種類が分かれていて、サマージャンボや年末ジャンボなど、全国で発売されるものを「全国自治宝くじ」と言います(昭和29年12月に全国自治宝くじ発足)。全国自治宝くじの収益は、発売元の全自治体に分配されます。
そして昭和34年12月、現行のサイズの宝くじに統一されました。形や販売経路など、いろいろな試行錯誤を経て、今の形に落ち着いたわけですね。
今では横長が当たりまえの宝くじも縦長だったことがある
路上で売られていた宝くじ
当社は「勝札販売指定書」の登録第一号として、昭和20年の第一回から販売を続けています。勝札が販売されるとき、勝札を販売する小売人の募集も行われ、当社の初代代表である八巻務も認可されたんです。小売人は宝くじ専売業者のことですが、当時は都内で15人しかいなかったそうです。
現在はみずほ銀行、宝くじ販売業者、ネットなどが主流ですが、当初は百貨店や証券業者、煙草販売組合、鉄道弘済会、農業会、新聞共同即売組合、小売人が販売していました。当社のような小売人は、路上にテーブルを出して、宝くじを並べて売っていました。
昭和27年12月の写真。宝くじをテーブルに並べて販売していた
宝くじ売り場の販売員さんは女性の方がほとんどですが、最近では男性が店舗に入ることもあります。私もよく店舗に入りますが、宝くじ販売員は夢を売る女神さんだという認識があるため、「あれ、男の人なの?」とめずらしがられますね。ただ、「今日は、福男ですよ」と伝えると「逆に当たりそう」とおっしゃっていただくこともあります。
話を戻すと、ずっと路上にテーブルを出して売っていたスタイルも徐々に様変わりしていきます。宝くじは発売回数が増え、安定して発売されるようになってくると、悪天候でも販売したいと思うようになり、お店に屋根をつけるようになったんです。ただし、路上のため、あくまでも移動の可能な簡易的なものでした。
今では当たりまえになったボックス型店舗は昭和50年ごろになって登場するようになります。
長蛇の列があたりまえになると、テーブルの横や後ろから買い求めるお客さまもいたので、それを防ぐためにビニールで囲った (撮影:山口旦訓)
簡易的な屋根がついた宝くじ売り場 (撮影:山口旦訓)
ビニールによる囲い、屋根付きなどを経て、今に似たボックス型店舗に移る
キャスター付の移動可能な売り場
平成17年をピークに売り上げが減少してきた宝くじ
宝くじは発売以来、右肩上がりで売り上げを伸ばしてきました。昭和20年の年間販売実績額は3億円で、ピークは平成17年の1兆1047億円です。それが今では約8000億円まで減少しました。
売り上げは落ちているのに家賃や人件費は上がっているので、宝くじ売り場は苦労しています。とくに、サマージャンボや年末ジャンボは販売店にとって非常に重要な商品ですが、その売り上げも年々落ちているんです。
これまで販売ツールを使う程度でも売れていましたが、そうではない状況になりました。売れていた時代が長かったため、どうすれば集客できるのか悩んでいる売場が多いのも事実です。宝くじ売場では、よく「1等が出ました!」という看板やのぼりが出ているのを見かけますよね。
売場で見かける「○億円出ました!」の看板は売場にとって最大の広告宣伝となる
あれこそ、売場ができる最大の広告宣伝であり、もっとも効果があります。ところが、最近の1等の当せん本数では、従来の方法でアピールできる売場が少なくなり、差別化に四苦八苦しているんです。
1等じゃなくても、「億」の当せんが出せれば、大きくアピールすることができます。ところが、1等の当せん金が高額化することによって、それも難しくなってしまいました。
恩田禎司さん。小岩北口ヨーカ堂売場に設置された実際の当せん者の手形の前で
2019年の年末ジャンボは1等・前後賞合わせて10億円で、2等は1000万円です。ちょっと前なら2等が1億円ということもありました。2等でも億万長者誕生とうたえたんです。
でも、ロト6やロト7と違って、キャリーオーバーという仕組みがないので、1等の賞金が高額化すればするほど、億万長者の数そのものは減ってしまいます。お店としては、「当店で億万長者が出た!」という宣伝をしたいのですが、そのチャンスが減ってしまっているというわけです。
「買う」ことを楽しんでもらう売り場づくり
宝くじの売り上げはたしかに減少してきましたが、宝くじを買われているお客さまは、まだまだたくさんいらっしゃいます。
今、売り場で行っていることは「○○くじ発売中」といった告知が大半ですが、「宝くじを買ってみようかな」「この販売員さんから買いたい」とお客さまに思ってもらえるような売場づくりこそ、宝くじ売場でできることだと思っています。
もちろん当たることが一番の目的ではありますが、「当たった/はずれた」だけではなく、買う楽しさにも魅力があることを伝えたい。
その一つが、「お客さまにもっと夢をみていただくこと」です。日本人は験(げん)を担ぐことが大好きです。「今日は大安吉日ですよ、宝くじいかがですか?」とお伝えすると「ほかの日に買うよりは、今日買ったほうがいいな」と験を担いで買ってくださるお客さまもいらっしゃいます。
当社のJR小岩駅南口売場には「大岩成就 福岩」が置いてあります。「福岩をさすって当せん祈願してくださいね」と伝えると、福岩をさすってくれるお客さまが非常に多いんです。宝くじを買ったものの、福岩にさするのを忘れていたお客さまがわざわざ別の日にさすりに来てくれることすらありました。
抽せん後に、「この間、福岩をさすったら3000円が当たったよ。ありがとう」というお客さまもいらっしゃいました。販売員もそんなお声をいただくと、モチベーションが上がります。そして、お客さまとのコミュニケーションもより楽しくなります。
福岩。取材中もさすっていく人が後を絶たない
もう一つは「だれかのための、宝くじ」です。私は宝くじを買う方に「当たったら何がしたいですか?」とよく伺いますが、じつは自分のためだけじゃなく、周りの人への思いから買っている人も結構多いんです。
たとえば、当たったら家を買いたいという方は「奥さんのためにきれいなキッチンが欲しい、子ども部屋が欲しい」とか、豪華な旅行へ行きたいという方は、「ご両親を旅行に連れて行ってあげたい」など、身近な人も幸せになってほしいという思いがあるんです。
お客さまはどんなときに宝くじを買いたくなるのか。そうした気持ちを売場がもっと理解すれば、買う動機付けとして売場から提案することができるはずです。
たとえば、お父さんやお母さんにお誕生日のプレゼントと一緒に宝くじを添えるとか、友人のお祝いごとの時に渡すなどギフトとして使っていただく。宝くじをもらうとちょっとハッピーな気分になりますし、受け取った瞬間から、ワクワクできます。
福岩セットというお店オリジナルのセットも販売
ちょっとした工夫ですけど、売場でできることはたくさんあります。売り場によってお客さまのニーズや客層は異なりますから、ほかの売場と同じことをするのではなく、個性あふれる売場づくりを目指しています。もっと売場から「夢」を仕かけたほうがいいと、私は思います。
ただ「売る・買う」という事務的なやりとりから、「こんな買い方をすると楽しいですよ」などという提案ができれば、販売員とお客さまとのコミュニケーションが生まれ、その結果、「ここで買いたい」という売り場になるはずです。
宝くじは「買うプロセス」にすごいワクワクがあるんです。その魅力をたくさんのお客さまに伝えられるように「もっとドキドキ、ワクワクする売場」を目指していきたいですね。
有限会社八巻
昭和20年の第一回宝くじから販売を続ける老舗
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