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東浩紀と上田洋子に聞く 教養とは何か?①



書店に並ぶ「教養」を冠した本や、大量にある動画・音声の教養系コンテンツ……ここ数年、そこかしこで教養の重要性が説かれ、多くの人が関心を寄せているように見える。その一方でファスト映画をはじめ、コンテンツの消費の仕方を巡った議論も白熱している。そもそも教養とはいったい何か? 学問や芸術などを通して人間性や知性を高めるもの? それとも先行き不透明な世の中を生き抜くスキル? その疑問を解消すべく、出版や放送を通して教養系コンテンツを提供するゲンロンの東浩紀さん、上田洋子さんにインタビューしたのだが……? 教養についてあらためて考える全2回。

撮影:吉村 永



東浩紀さんと上田洋子さんの学びのルーツは……?


――最初にお二人の学びの源泉をお聞きしたいのですが、今に至る直接的なきっかけはあったのでしょうか。


 現在のぼくは自然にこうなったとしか言いようがないんですよね。何かを学ぼうと思って学んだことはあまりなくて、物心がついたときからずっと本を読んでいた。中学、高校のときから思想や文学などを読んでいて、大学は東京大学文科一類に入学。ただ弁護士や官僚になるという決心もつかない状態で、教養学部科学史・科学哲学に行き、その頃に柄谷行人さんに出会いました。柄谷先生に読んでもらうために「ソルジェニーツィン試論:確率の手触り」を書いたら、それが『批評空間』に掲載されて。結局、科学哲学も少し違うと思って表象文化論を学び、最終的に博士を取りました。


それとは別に、当時『新世紀エヴァンゲリオン』がブームで、竹熊健太郎さんに出会ったことがきっかけで、『クイック・ジャパン』などサブカルチャー関係の仕事もするようになった。こうしたことがすべて複合されて、いまのぼくの基盤になっているんですよ。


――何か特定のものに好奇心をくすぐられたことはないですか?


 好奇心をくすぐられるという状態そのものが、ぼくの場合はふつうというか……好奇心がない状態が想像できない。「どうやって息をしているんですか?」と聞かれるようなもので。ぼくは本が好きだった。これだけなんですよね。


――東さんは哲学という専門分野を持つだけでなく、幅広い知識も有していますよね。どんな勉強をされてきたのか気になったんです。


 そのことに関して言うと、ぼくはむしろあらゆる分野について素人なんですよ。上田さんは違うと思いますけど、ぼくには「これについては間違ったことを言えない」みたいな本拠地がない。むしろたくさんの本を読んでいる雑学家だと思います。哲学は本質的に雑学とあんまり変わらないから。


――哲学は雑学とあまり変わらない!?


 哲学そのものの定義はありません。そもそも「哲学ではこれはこう定義する」とは言えないんですよ。民主主義でも善悪でもなんでもいいんだけど、哲学ではある概念はこう定義されていて、ほかはまちがいです、というコンセンサスはべつにない。「こういう議論をしている人がいますよ」というものが積み重なっているだけ。その意味で、哲学は雑学に似ているんです。


そもそも哲学にもいろいろあるわけです。まず西洋哲学と東洋哲学がある。そして西洋哲学にも古代の哲学、中世の哲学、近代の哲学があるし、近代でもドイツの哲学とフランスの哲学、イギリスの哲学はまた違う。20世紀になると大陸哲学と分析哲学も違ってくるしで、とにかくたくさん分かれている。だから「カントの専門家」「ハンナ・アーレントの専門家」というのはありえるけど、哲学の専門家というのはありえない。哲学を学べば学ぶほどそういうことがわかってきます。


――哲学というと、過去から今に至る一つのシリーズで、つねに先人の考えを乗り越えて発展してきたと思っていました。通史的な本もありますし。


 哲学史という大きな一つの流れがあるのではなく、それぞれの著者は勝手に先人たちの影響を受けているわけです。実際には著者がバラバラにいて、バラバラの影響関係があるものが、後世から見ると一つの哲学史に見えるだけ。もう少し専門的に言うと、近代における哲学史はヘーゲルが整理したものにすぎないわけで、20世紀後半はそれが延々と批判されていたりもする。


――では難解なカントを読むためには、そこに至る流れを知っておくことが前提というわけではないんですね。


 カント以前の流れを理解したらカントがわかるというのは、単にフィクションです。そもそもカントだって哲学の影響だけを受けているのではない。たとえば彼には神秘主義の流れも入り込んでいて、有名なのはスウェーデンの神学者であるスヴェーデンボリ(スェーデンボルグ)ですね。そちらを辿って学ぼうと思ったら、哲学とはまた違う歴史がある。


東浩紀さん/1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、『ゲンロン0 観光客の哲学』、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)ほか多数。


――東さんの話に戻すと、90年代前半を大学で過ごしていますよね。当時「このまま食っていけるのか」とか、勉学の成果を就職に生かそうといったことは頭になかったですか?


 2000年代以降、日本はどんどん貧しくなっていて、大学や大学院に入ることも、それで食っていけるのか、それで生涯年収はいくらになるのか、とどんどん厳しく言われるようになってきていますよね。


そんな現在と比べると、90年代ははるかにぬるい時代で、そういうことがあまり話題にならなかったと思います。とはいえ、それがいいというわけでもない。そうやってボーッと過ごしてしまったから、ぼくはいろいろ遠回りしたように思います。つまり、周りもあんまり考えてなかったし、ぼくも考えてなかった。


――たしか2000年代は就職氷河期と言われますよね。


 就職氷河期って1990年代から言われていたんです。ぼくが東大を卒業したのは93年ですけど、その頃から言われていた。そもそもぼくが入学した頃は東大生の就職状況って想像を絶するくらい厚遇で、有名企業が内定した学生を囲うためハワイに連れていってたなんて話も聞きました。家庭教師の時給では8000円なんてのもあった。それがぼくが卒業する93年には、海外旅行なんてすっかり聞かなくなったし、時給も激減した。


バブルってすごいんですよ。特に東大の学生にはダイレクトに影響を与えていた。ぼくが大学3年生のとき、先輩から「君たちはかわいそうだね。時給4000円はヤバいよ」と言われたのを覚えている。実際にぼくが大学院生の頃は2000円台にまで下がります。でも、氷河期といってもそのていどだったから、なんとなくいけるんじゃないかという空気が世の中全体に漂っていた。その後に来る本当の氷河期のことなんて、だれも想像できていなかった。だからこそ、日本はダメになったんでしょうね。


――上田さんはどうでしたか?


上田 わたしは東さんよりも学年が2~3下ですけど、そういうバブルな世界にはいなかったですね。関西在住で女性ということもあって、就職活動ではまともに扱ってもらえませんでした。まだ女性が職を持つという時代ではなかったですから。腰掛けで就職して、結婚して辞めるというのが多くの人のスタイルでしたね。


ただ、わたしの母親が栄養士と保母(保育士)の仕事をしており、よく職場にも行っていました。だから、女性が働くというのが自然だったんですね。生活のためというよりも自己実現、生きていることを実感するために働いていたようなところがありましたが、同時に、女性が働くこと、自立することには意識的でした。その影響で、わたしはちゃんと仕事を持ちたいと思ったのでしょうね。


それでも、大学卒業後にすぐ就職したわけではありません。適当な職にはつきたくなかったので、就職活動も特にしなかった。大学で学問というか語学を十分に修められなかったという気持ちがあったので大学院に進みました。語学を学ぶのに大学の4年間では足りなかったんです。


――上田さんの専門であるロシア語やロシア文学にひかれたのはなぜですか?


上田 子どもの頃、ロシアの人形劇やサーカスといった舞台芸術に触れることが多かったんです。小4になると宝塚を見るようになり、中3で見た『戦争と平和』の芝居が特に好きになった。そしてトルストイの原作小説を読んでみようと、全4冊の分厚い岩波文庫版を手に入れたら、スッと読めたんですよ。わたしはこの本に出合うために生きてきた、というぐらい感動して、原書が読めるようになりたいと思ったのがきっかけですね。


また、わたしが『戦争と平和』を読んだ80年代後半はベルリンの壁が崩壊し、ソ連が崩壊した激動の時代でした。ロシアや旧ソ連諸国の情報が急にたくさん出てきて、世界が一気に広がった気がしました。それまで海外の情報といえば、だいたいアメリカやヨーロッパ、中国がメインだったように思います。そういう時代だったことも大きいです。


――そして大学院に進んで、みっちりと学ばれたと。


上田 大学院受験にあたっては、単語をひたすら覚えたり、文法書を全部やり直したりもしましたけど、基本的にはロシア語関係の仕事をして、実際にロシア人と話しながら力をつけてきたっていう感じですね。机でずっと勉強するタイプではなくて、実地でひととしゃべりながら、身体で覚えていました。とはいえ、語学に関してはそれなりの努力はしたかなと思います。


上田洋子さん/1974年生まれ。ロシア文学者、ロシア語通訳・翻訳者。博士(文学)。ゲンロン代表。著書に『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β4-1』(調査・監修、ゲンロン)、『瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集』(共訳、松籟社)、『歌舞伎と革命ロシア』(共編著、森話社)、『プッシー・ライオットの革命』(監修、DU BOOKS)など。


――最近ではリベラルアーツ教育が取り入れられている大学もあります。最初に幅広く学ぶことで興味のある専門分野を選ぼうというのは納得感があるのですが、どう思われますか。


上田 語学について言えば、長くやればやるほど身につくんですよ。大学の4年間であるていどの語学ができるようになろうと考えるとすると、1年生のときに専門を決めてしまうのがいいと思います。それに、専門が決まっていると、気楽にほかのことを勉強できますしね。わたしも大学時代に一般教養で取った古代ギリシャ・ローマ文化の授業がおもしろかったことは今でも覚えていて、学んでよかったと思いますから。


そもそも大学に行く理由を考えると、わたしは特殊な例だと思います。大学に行ってロシア語を選んだからにはロシア語ができるようにならなければいけない、と自分に課して、それをやり遂げようとするひとはそこまで多くはない。経済学部や法学部に行っていた同級生も、専門家として生きていこうというよりは、一般企業に就職することを考えていたように思います。経営者になるぜ、みたいな意思を持って経営学部に行くひとは、わたしの周りでは少数派だった。のんびりした時代だったのかもしれませんが。


いずれにせよ、大学になんらかのチャンスや友だちを求めて行くという面はある。勉強もおもしろいかもしれないけど、それはひとが大学にいく動機のうちの一つでしかない。学ぶことが主眼にないひとたちも大学に行く、むしろそういうひとたちが多いかもしれません。リベラルアーツ教育ではたくさんの選択肢から自分の好きなものに出合えるかもしれないというのはいい面もあるけど、詰め込んだりはしないから、専門知は得ないまま大学を卒業することになるケースも多いのではないでしょうか。



古典を読めば教養は身につくか?


――今の教養はビジネスと食い合わせがよくて、仕事に役立てたいという需要も多いように思います。「教養としての○○」という本もたくさん出版されています。


 ビジネスツールとしての教養ってあまり意味がないと思います。ぼくは小学生の頃から百科事典などが好きで粛々と読んでいたんですけど、単純にいろいろなことがわかる喜びがあった。そういう気持ちがないと、教養って意味がないと思うんですよね。


――では基礎教養として古典を読むというのはどうでしょうか。先人に学ぶことで知見が広がり、自身の発言の説得力を増すこともできて……。


 英語圏のライターが書いた本を読むとわかりますけど、英語圏はやたらと引用が好きなんです。とくに必要がなくても、「プラトンも言ったように国家とは……」とか「ダーウィンが言ったように進化とは……」とかいい感じの引用がたくさん出てくる。章トビラに引用文が入っていることもある。


ハラリはその典型で、彼はイスラエル人だけど英語圏で成功したひとです。彼はとにかくたくさん引用して本を分厚くする。そこでは教養は、何か考えるきっかけというより、小さなアイデアを大きく見せるものとして存在している。だから、世界が英語圏によって支配されつつある今、不要だけど入れておくと「それっぽく」なるものとして教養が必要とされているのはよくわかります。でも、そこに本質的な意味はないんじゃないかな。


プラトンの国家論やイデア論を教科書的に頭に叩き込むのは、暇だったらやってもいいとは思います。でもそれだけではなんの意味もないですよ。たしかに、プラトンの著作を読んでいけばそのおもしろさはわかってきます。でもそれには時間がかかる。そして、多くのひとはそんなに時間をかけられないと思うんですよね。


プラトンのおもしろさを簡単に言うと、彼のテクストというのは、哲学書というより、ソクラテスを主人公とした一種の物語劇なわけですね。だからソクラテスの言葉だけに注目してもしょうがなくて、登場人物にくわしくなるとそのおもしろさがわかってくる。プラトンが本を書いたのはソクラテスが死んでから後ですが、彼はそこで、時代を30年とか40年とか遡って、元気だったころのソクラテスを一種の狂言回しとして使い、同時代の有名人たちを集めて自分の政治的な主張をしゃべらせているわけです。当時のアテナイ市民にとっては、「こいつとこいつを会わせるんだ、ヤベー」みたいな感じなんですよ。今の日本でいえば、昭和の末を舞台にして手塚治虫と中曽根康弘に原子力について語らせるとか、そういうことをやっているわけですね。


だからプラトンの著作をたくさん読んでいくと、プラトンが何歳の頃に書いたかでソクラテス像は変わることがわかるし、プラトン自身の時代のメッセージも見えてくる。そういう読み方をするとおもしろいんだけど、でもふつうの読者はそんなことにつき合っていられないじゃないですか。これはほかの古典でも全部そうなんです。だから古典の断片だけをバラバラに頭のなかに叩き込んでもしょうがないところがある。だからさっき言ったとおり、哲学の研究者がだれか一人の専門家になる気持ちはよくわかるし、むしろそのほうが世界がひらけていくかもしれない。



上田 違う角度から例を挙げると、米アカデミー賞の国際映画賞をはじめ、多くの賞を獲得して話題になった映画『ドライブ・マイ・カー』を見た人が作品内で決定的な役割を果たしているチェーホフに興味を持つ、実は映画の原作者である村上春樹がチェーホフに影響を受けていて……そういうふうに広がっていくものだと思うんですよね。


ゲンロンはゲンロンカフェという箱を持っています。場所があるのは重要で、そこを基盤としてさまざまなジャンルのコンテンツを届けることができる。劇場がまさにそういうものであって、シェイクスピアもかけていれば、現代劇もかけている。一つの場所から異なるものに到達することができる。大学もやはりそうした場所であって、そこにいればさまざまな知を学ぶ機会がありますよね。



今日の基礎教養はメタバース!?


――よく「知らないと話にならない」という意味の基礎教養がありますよね。東さんは『文藝春秋』(2022年5月号)に寄せたテクストで「20世紀において大きな物語として機能したのはマルクス主義で、2010年代になると大きな物語はシンギュラリティとして復活した」という旨を書かれていましたが、20世紀の基礎教養はマルクス主義だったわけですよね。今は何になるんでしょうか。


 今だとNFTとかメタバースですかね(笑)。あれは、ひと昔前にだれもが「やっぱりエンゲルスを読まなきゃ」と言っていたのと同じでしょう。


ずっと一つの大きな物語がくり返されているわけです。ようは資本主義からの脱却論。前は共産主義革命、今度はシンギュラリティによって、人類はついに必要性から脱出し、本当の意味で自分を追求できる解放された世界が来るというストーリー。これは思想史的にはキリスト教の終末論のバリエーションの一つで、全部かたちが同じです。近代になっても延々と千年王国論がくり返されているというだけの話で、それが神の救済だったり、共産主義革命だったりNFTだったりするっていうだけです。



――なぜ、くり返されるんですか?


 人間はそれを求めるから。終末論を使えば富や注目を集められるひともいますしね。だけど、現実にはそんな楽園はやって来ないと思います。人類が飢えや戦争から解放され、ぼくたちも自分たちの身体から解放され、不死が達成され、すべての人間が幸せに生きる世界はやって来ない。


これは言い換えれば、そういう世界がやって来ると思っているひとと、やって来ないと思っているひとの対立がくり返されているという話でもあります。イーロン・マスクやメタバース関連のひとはやって来ると思っている。その根拠が昔は共産主義だったけど、今はITになっているというだけ。ITが廃れたらまた別のものになるんでしょう。1000年後でも人類は同じことをくり返しているように思うな。


哲学って、2000年前や3000年前に書かれているものを読む仕事だから、どうしてもそういう気持ちになっちゃうんですよ。人間はずっと変わってないなと。むしろそれをわかるというのが、哲学を読むことの唯一の効用かもしれない。


実際これは驚くべきことで、テクノロジーがこんなに進化し、ぼくたちの生活はこんなにラクになっているのに、人間は驚くほど変わっていない。領土を取りたいとか、俺よりあいつのほうが金持ちとか、そんなことばかりやっている。たとえ火星に行けるようになったとしても、人間は1ミリも変わらないでしょう。それが人間であり、人間の限界なんだと思います。


それに実際、そんな楽園――不死になる代わりに嫉妬心、欲望、身体がなくなる世界――は人類は本気で望んでいないようにも思います。仮にデジタル・イーロンが爆誕したからといって、みんながそれを望むわけじゃないんじゃないかな。とにかくぼくは、人類が持っている悩みから救済されるときは来ないと思っていますね。


――なるほど。メタバースは知っておかなきゃマズいというものでもない?


 知らなくても大丈夫なんじゃないでしょうか。



教養に必要な態度は、好奇心という受動的な開放性


――お二人とも経営者という立場から、社員の方たちに求める能力はありますか? たとえばT型人材とか……。


 T型人材っていうのは?


――専門的な知識やスキルを持っているだけでなく、幅広いジャンルに対しても知見を持っている人材のことで、アルファベットの「T」のタテを専門性、ヨコを視野の広さに見立てていて……。


 単語の頭文字ですらなくて、字の形なんだ! アツい時代がきましたね。人類はどんどんバカになっている……。


上田 ひとには得手不得手がありますからね。うちの会社でも放送関連が得意なひともいれば、本の編集で力を発揮するひともいるし……。


 やはり好奇心がないひとはよくないと思いますよ。好奇心というのはなんだろうな……自分には関心がないことでも、「なんかこのひとたち、楽しそうにしゃべっているからちょっと聞いてみるか」みたいなものですよね。そういう心の動きがなくなると本当にまずい。


自分にとって役立つものを能動的に取りに行こうと思うだけではダメだと思うんですよね。能動性というのは、それが発揮される段階で目的を設定してしまうので、自分の限界を超えることができない。だから絶対に受動の部分を確保しなきゃいけなくて、与えられるものをあまり判断せずに聞くというか。上田さんが劇場や大学のような場所が必要だと言うのもそういうことです。自分の関心とは関係なく、ただやっているから聞いてみる。そうしたある種の受動的な開放性がないと、教養は身につかない。


そのためにはムダを許す余裕がなければいけない。自分の人生と関係がない、ムダなことに好奇心を持つ余裕。その心の傾きさえあれば、自然と知識はついてくる。ただ教養がある状態を「目指そう」とするとうまくいかない。


上田 最近、ファスト映画が話題になりましたよね。要は映画を楽しむ気はまったくなくて、とりあえず内容を押さえておきたいという話です。でもそれは無理している状態ではないでしょうか。自分のなかに引っかかるものがあって、そこから何かのシリーズを全部見たり、そこで派生的に生まれた新しい興味に向かうきっかけになったりするならいいけど、ただ知識として頭に入れるというだけではあまり意味がないと思います。それでは自分で理解したわけではないから、しゃべるにしろ書くにしろ他人の言葉を借りているだけです。自分のなかで咀嚼して、自分の考えと照らし合わせることをしないと、結局身につかないままで、豊かな教養にはつながらない。


――たしかに、ただ知識を詰め込むことに意味はないですよね。


 ぼくはね、好奇心に対する開放性はすごく大事だと思うんですよね。知識という話になるとまたむずかしくて、たとえば骨とう品には骨とう品にくわしい世界がありますね。ワインにも靴にも腕時計にもある。そして骨とう品をわかることが教養だ、というタイプの「教養」という言葉の使い方もある。でも、それは結局、金持ちの道楽であり、自分の金や資産を見せびらかす、自分は目利きだというタイプの「教養」であり「知識」です。ぼくはまったくそういうものを肯定できないけれど、教養も使い方によってすぐにそうなっちゃうんですよ。そういう能力を身につけた俺ってすごいでしょ、という見せびらかしの道具になってしまう。


教養や知は、つねにそのことに対して警戒しなければいけない。ひとを抑圧するものになるから。そこから身を引き離すのが本当の教養人だと思います。それは教養の自己否定になるけど、ぼくの考えではまさにそこが重要なところで、本当の教養人は、絶対に「教養なくていいよ」と言うはずです。だからくり返しになるけど、大事なのは好奇心に開かれているという心の状態なんですよね。知識をどんどん蓄えてひとに対して威張るのは、教養から最も遠い態度です。



――ただ、知識を蓄えることで情報の洪水に流されないというか、物事を判断する軸が持てるのではないかという期待もあるんです。たとえば、ウクライナはこうだ、ロシアはこうだっていう情報を目にすると、どちらも正しく思えてしまって。


 判断が必要になるまでは、素直にいろいろなことを聞いておけばいいと思います。今はみな性急に判断しがちですよ。たとえばウクライナとロシア、どっちにつくのか? たいていの日本人は、とくに今どちらにもつく必要もないでしょう。実際に戦わなきゃいけないのだったら、むろんどちらかを選ばねばならないわけだけど、幸か不幸かそうではないんだから。


最初はこうだと思った。ところがいろいろ調べてみると別のことを言っているひとがいた。そっちが正しいのかと思っていたら、今度はまたべつのひとが正しいと思えてきた。どんどんわかんなくなってきたぞ……みたいな迷宮的な体験。哲学に限らずあらゆることに言えるけど、それこそが実はものを知るという体験の本質です。だから、わからないことに対して恐れを抱かないというのはすごく大事なことだと思いますね。


上田 わたしもそう思います。ひとがすべてのことに判断の軸を持っているなんてありえない。ロシアとウクライナの関係だって、わたしは多少わかっているほうでしたけど、やはり戦争が始まるとは思っていませんでした。専門家でもわからないというか、多くのロシア人もウクライナ人も戦争が始まると思ってなかったんですよ。


ベタな言い方ですが、世界は広い。ひとがいろんなことがわからないのは当然です。この戦争に関しても、今はあらゆる情報が供給されているように思えますけど、西側メディアを通した情報が多いこともあり、偏りはあるでしょう。たとえば中国やインドなどのロシアが仲良くしている国からの情報がもっと入ってきてもいいはずです。つまり、われわれが持っている情報にそれほど多様性があるわけでもない。


 だいたいこの世の中は何もかも移ろいやすいわけです。東日本大震災の後、みんな反原発だとか言っていた。今では原発再稼働が政治の責任だという風潮になっている。コロナだって1年前、東京五輪まではゼロコロナだと言っていた。いまや東京五輪が昨年の夏であったことすら忘れかけているけど。ゼロコロナについては、そんなこと言った人間はいなかったみたいな雰囲気にすらなっている。人間の歴史修正能力はすごいんですよ。


この戦争だって、今後どう評価されるかわからない。未来の評価はどうなるかわからないということを、つねに念頭に置いておくことが大事です。過去の事例を見ても、評価は本当に変わるし、真実だと思っていたことがのち改ざんとわかることもある。自分の知らない見方に出合ったり、自分が知らないことが起こったりしたときに、あるていど素直に受け入れる余裕を持つことが大事だと思います。


②に続く