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  • 執筆者の写真Byakuya Biz Books

創作活動を再定義するZINEカルチャーの魅力

更新日:2022年4月29日



ZINE(ジン)は何度か訪れたブームを経て、少しずつ市民権を獲得しつつある。ZINEとは簡単に言えば「個人が作る少部数の小冊子」のことで、リトルプレスや同人誌と呼ばれることもある。その特徴はセルフパブリッシング(自費出版)であり、それゆえ個人が作る自由度の高さと言えるかもしれない。商業出版に比べて影響力や利益を期待することはむずかしい中、なぜ作る人が増えているのか? ZINEとはいったい何なのか? ZINEの専門店、MOUNT ZINEを運営する合同会社マウントの櫻井史樹さんに話を聞いた。すると、創作活動の新しい価値観が浮かび上がってきた。



あらゆる制約から自由な表現手段、それがZINE


――最近、一部の大型書店や独立系書店でZINEが売られているのを見かけますが、かなり普及しているんでしょうか。

ぼくが起業した10年前に比べると、徐々に認知されてきていると思います。うちにも書店から問い合わせがありますけど、ZINEを出版物の一つとして扱うところが増えて、作り手もクリエイターに限らず、いろいろな人が参加しています。

――作り手が増えている背景には何があるんですか?

印刷機が普及して個人でも気軽に作れるようになったという環境面の充実もありますが、最も大きい要因は、個人で情報を発信することがふつうになったからだと思います。昔は情報を発信するのは大手のメディアで、ほとんどの人は受信する側でしたが、いまは個人が好きなように発信できるようになりましたよね。ZINEはその一つの手段だと言えるでしょう。

――簡単に情報が発信できるSNSに比べると、わざわざ手間も時間もかかるZINEを作る意図は?

たしかにZINEを作るほうが時間も手間もかかりますね。SNSなら文章でも画像でも簡単にアップできます。ただ、SNSでは用意されたフォーマットに合わせなければならないから、あまり自由とは言えないんです。逆に、ZINEってすごく自由度が高いんですよ。

――なんとなくSNSのほうが自由に表現できると考えてしまいますね。

SNSはそれほど自由ではないですよ。何をアップしてもいいという意味では自由かもしれないけど、Twitterなら140文字という制限がありますよね。ZINEにはそういう表現への制約がありません。紙って世の中にすごくたくさんの種類があって、その中から自分の好きなものを選べる。印刷も綴じ方もたくさんの方法があるんです。


合同会社マウント 櫻井史樹さん。WEB上でイベントや展覧会の情報をシェアしたりデジタル作品を発表できるクリエイティブメディア「MOUNT」、ZINEショップやZINEスクールを運営する「MOUNT ZINE」、クリエイターの活動をサポートするクリエイティブコミュニティー「MOUNT CLUB」という3つの事業を手がける


――ZINEはリトルプレスや同人誌と同義で語られることもありますが、何か違いはあるんですか?

冊子程度の印刷物という意味では大きな違いはありません。同人誌は二次創作というイメージが強いかもしれませんが、作り手の意識やテーマなど、中身でそれぞれカテゴライズされていますね。

――ZINEは有料なのでお金という対価を得ますよね。お金を稼ぎたいとか、より多くの人に認められたいという作り手の欲求は強いのでしょうか。

ZINEは少部数発行で非商業的な出版物ですから、利益を最優先に考えている人は少ないと思います。ただ、中には話題づくりのために採算度外視で作り、ZINEから派生したもので利益を出している人もいます。本だけで利益を出さなくてもいい、という考えがふつうになってきているのかもしれません。



――ZINEは売るよりも作ることに焦点を当てている?

たくさん売ろうと思ったら、いわゆる商業出版のほうが効率的ですよね。印刷物は刷れば刷るほど単価が下がるので、たくさん刷ってたくさん売ることを前提とする商業出版のほうが理にかなっています。一方でZINEは手作りで大量生産に向いていないので、利益は出しづらい。

ただ、商業出版にはマスに向けたものならではの制約があります。簡単に言えば、書けることと書けないことがはっきりあるということです。「たくさん売るためにはどうしたらいいか?」から逆算して考えるので、より多くの人が興味を持つテーマに絞られがちです。

そうした制約に対してストレスを感じる人も少なくない中、ZINEなら自分の作りたいものを作ることができる。お金を稼ぐことから逆算するのではなくて、「自分が何を表現したいか?」からスタートして作り上げていくので、結果的にユニークな作品が生まれるんです。

――実際、お店にはたくさんのZINEが展示、販売されていますが、チャック付きの透明袋に入っていたり、ひもで綴じられていたり、表紙にレースが付いていたり……一般流通の本とは違う装丁の豊かさがありますね。

ある程度フォーマットが決まっている書店で売られる本と比べると、ZINEには個性的な装丁の作品が多いですね。そうした自由度は読み手にとっても魅力的で、形や大きさ、厚さもそれぞれ違うことで、「これは何だろう?」と興味から作品が手に取られます。

――こうした独特の個性は個人製作ならではですか?

一人で作る人もいれば、チームで作る人たちもいますよ。最近では企業や店舗の広報に活用されたり、地域活性化に利用されたりすることもあります。

――MOUNT ZINEでも制作を請け負う、地方自治体が発行するZINEもありますね。

そうですね。地方自治体が発行するのは、若年層にアピールしたいと考えたとき、いわゆる行政が作る堅苦しいものではなくて、もっとラフにつくったほうが読んでもらえるのではないかという意図があるんだと思います。




ZINEとの一期一会の出会いの場を作る


――MOUNT ZINEについてお聞きします。お店では多数のZINEが展示され、販売されていますね。

そうですね。常時150~200冊ぐらいあって、それが半年で入れ替わります。

――店内では書店のようにポップを付けることもなければ、櫻井さんが何かオススメすることもないんですよね。

ZINEはそれぞれが個性的ですから、書店のフェアのように特別なスペースを設けたり、ポップでアピールしたりする必要がないんです。

――お客さんは戸惑いませんか?

最初は戸惑う人が多かったですね。いまでもオススメや売れ筋を聞かれます。しかし、売れているものがその人にとって本当に良いものとは限らないはずです。



――経営者として、ランキングを掲出して売り上げを伸ばそうという誘惑もない?

売り上げだけを考えればそうしたほうがいいと思うんですけど、うちは意図的に一般的な書店と真逆のあり方にしているので、そういう誘惑にかられることは一切ないですね。それは単に差別化しようという経営的な意味だけではなくて、お店に来てくれる人、買ってくれる人の考え方を変えたいという思いもあって。

ZINEが能動的な作業の結果として生まれるものなので、お客さんにもお店で能動的なことをしてほしいんです。「売れているから良いものだ」という思考ではなくて、たとえ全然売れていなくても、自分が「これだ」と思ったものを買ってほしい。半年で作品を入れ替えるのも、一期一会を形にしたいからです。

――このお店を開くにあたって、そうした考えが受け入れられるという確信はあったんですか?

実際にやってみないとわからないとは思っていましたね。でも、自分たちの考えや想いをきちんと示すことが大切ですし、それが独立する意味だと思うんです。



――そもそも、なぜZINEのお店を作ろうと思ったんですか?

ZINEを作っている人はいたけど、当時はまだ発表する場があまりなかったんです。ぼくがZINEを知ったのはニューヨークのあるギャラリーで、アメリカにはそういう場所がポツポツあった。

だからまずは発表の場をつくろうと思ってイベントを開き、ZINEを展示・販売してみたんです。そうしたら反響が大きかったから、もっとできそうだなと思って、その翌年にお店を立ち上げて。

――ZINEをWEBだけで販売することと、実店舗を持って販売することは違いますか。

お店は必要ですね。ZINEは一般的な本と違って紙の種類から印刷までそれぞれが違うので、実際に手で触れてみないと伝わらないことがあるからです。たとえば活版印刷なら印圧によってへこみの少ないフラットな仕上がりにできるし、圧を強くかけて印刷して紙がへこむ感じも出せます。そうした違いをWEBで見分けることはむずかしいですよね。

――MOUNT ZINEでは作品の展示・販売だけでなく、定期的にスクールも開催していますね。

ZINEは自由に作るものですが、出版物を作った経験のある人は多くないので、紙選びや印刷、製本の知識を教えています。作り方だけではなくて、これまでイベントを行ってきたアメリカのZINE文化やオススメのショップ、ギャラリーも紹介していて、さまざまな角度から学べます。

また、スクールを通した作り手同士の交流も特徴で、クリエイターに限らない多種多様な人が参加するので、自分とはまったく違う興味を持っている人の話を聞くことができるんです。

スクールでは4回の講義で実際にZINEを作りますが、最終的には完成した作品をイベントで販売します。イベントは作り手と読み手がコミュニケーションできる機会にもなっていますね。



――MOUNT ZINE以外に、MOUNT CLUBという事業も展開されていますよね?

2016年に立ち上げたんですけど、クリエイターともっと継続的にお付き合いしたり、サポートできる仕組みがあったほうがいいと思ったんです。MOUNT ZINEは半年で入れ替えるシステムなので、その後の関係性がなくなってしまいます。中には継続的に作品を出してくれる人もいますけど、ほとんどが半年のクールが終わったら、作品を返して終わってしまう。それは少し寂しいなという気持ちもあって。

MOUNT CLUBでは、さまざまなジャンルのクリエイターが全国から集まって情報交換しています。そしてMOUNTのメディアを活用して、メンバーの作品や活動を広くPRしていきながら、新しい出会いや活躍の場を作っていく。

MOUNTが運営するギャラリーをメンバー割引で優先予約できるのもその一つで、ギャラリーって少し近寄りがたいイメージがありますよね。だから、もっと親身になってクリエイターの相談にのったり、寄り添ってくれたりするギャラリーという位置づけです。

それぞれの事業によってサポートの形は違いますけど、基本的にはどれもクリエイターの活動をバックアップしたいという考えを元に構築されていますね。



創作との幸せな関わり方とは?


――クリエイターの活動をバックアップするというのは、最終的には食えるクリエイターをもっと増やしたいということですか?

いえ、食えるかどうかだけが重要なのではありません。「創作で食っていける人が一流」という考え方がありますが、そのような基準に縛られる必要はないと思います。

なぜなら、作品がウケるかどうかは時代性による部分が大きくて、その人の能力だけが要因ではないからです。めちゃくちゃおもしろいけどニッチだから一般化されにくい、仕事になりにくいという人はたくさんいるんですよ。能力があることと、商業の形にハマりやすいことは別です。

つまり商業化しづらいから、お金が稼げないからダメ、ということでは一切ない。それはぼくが10年以上この仕事をやってきたからよくわかります。もちろんうまく商業化できる人もいます。クライアントの要望に合わせていろいろなタッチの絵が描けるとか。その一方で、一つのタッチでしか描けないけど、とてもいい絵を描く人もいます。あまり器用じゃないから仕事になりづらいだけ。

だから、創作で食っていけるかどうか、という基準だけで考えるのではなくて、その人が創作活動をしながら幸せに生きていけることを中心に考えたほうがいい。仮に創作でお金を稼げなくても、別の仕事で稼いで創作活動を続ければいいと思うし、創作による収入の割合が必ずしも100パーセントである必要はないんです。



――本来はそれが一人ひとり違うはずですよね。

自分にとって何が幸せなのか、創作とそれ以外の最適なバランスを早く見つけることが大事ですね。結果的に仕事につながり、お金を稼げるようになるのはいいことだと思います。そうであっても、お金を稼ぐことから逆算して考えないほうがいい。そうすると、制約が多くなってしまう。

創作で食べていくことにこだわるあまり、ムリをして体を壊してしまう人もいるんですよ。ムチャクチャな単価で仕事を引き受けて、徹夜して体を壊して……。それは幸せな生き方とは言えませんよね。

――安易に犠牲を払ってはダメだと。

犠牲なんか絶対に払っちゃダメですよ。自分で自分を苦しめているクリエイターは少なくないと思います。「クリエイターは食えないとダメ」という固定観念を持ってしまうと、考え方が少しずつねじれて、自分の人生も歪んでしまう。



――固定観念にとらわれないという考えは、まさにMOUNT ZINEが一般的な書店とは真逆のあり方を意識したという話に通じますね。

ぼくたちはこれが最もフラットだと思っているんですよ。世の中にバイアスがかかりすぎていて、さまざまなバイアスを取り除いたらこの形になった。

――バイアスはどうすれば取り除けますか?

「○○しなきゃいけない」を取っ払うことですね。制約や縛りがあると、どうしても影響されてしまいます。ZINEが個性豊かでおもしろいのは、目的を与えられて、そこから逆算して作っていないからです。

ぼくらだって、需要がなくなったらお店を畳めばいいと思っているんです。何がなんでも売り上げを上げ続けて、事業を拡大していくという気持ちはまったくない。自分たちのやるべきことをやり、その上で役割を終えたなら、そこで終わりにすればいいと思っています。

――もっと拡大して、影響力を増していきたいわけではないんですね。

ぼくたちが影響力を持つことはあまり重要ではないんですよ。作品を発表できる場が広く認知されるのはいいことですけど、ぼくの考えが前に出るのはよくない。それこそお店で売れ筋を教えたり、オススメしたりするのと変わらなくなってしまう。

お店に置くZINEを審査しない、オススメや売れ筋を教えない、ぼくの考えを押し付けない――すべてバイアスを排除した環境づくりをしているのは、くり返しになりますけど、「○○しなきゃいけない」を取っ払うため。そうしたフラットな状態になってはじめて、おもしろい作品は生まれるし、クリエイターも自由に創作活動できるはずです。



――同人誌はいまや巨大な産業になっています。ZINEもいずれは同じ道をたどることになるでしょうか。

意図的な何かを投入して一気に大きくしていくと、本当に大事にしたい部分が変わっていくし、それを見るのは辛いですよ。ZINEはようやく根付きつつあるので、このまま自然にゆるやかに広がっていってほしい。ぼくらもそれを助けていきたいと思いますね。

 

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12:00-19:00(定休日/月・火)

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