• ふじいむつこ

尾道日々是好日(1)尾道の1日の始まり、「きっちゃ初」



「古本屋のリアル」のふじいむつこさんによる新連載「尾道日々是好日(おのみちひびこれこうじつ)」がスタート。毎回、尾道に暮らす市井の人々にスポットを当て、その人の日常や生き方を描いていただく。初回に登場するのは、尾道で朝7時半にオープンする「きっちゃ初」。おいしい朝ごはんが食べられるお店とその店主の話をお届けする。 ※毎月第4火曜日に更新。



尾道で朝ごはんを食べるなら……


 広島県尾道市。観光地として有名なこの街はモーニングを食べられるお店が少なくない。モーニングと言われて想像するのはなんだろうか。トーストと気持ち程度のサラダといったところだろうか。


 しかし、今回の話の主役はトーストでもサラダでもなく、つやつやの白米に味噌汁、熱々サクサクのがんもどきが出てくるお店だ。


 空き家問題が著しい尾道では、空き家を修復再生し、住居だけでなくゲストハウスや飲食店などに活用する動きが活発である。そのお店がある建物も尾道の駅裏、三軒家町にある空き家アパートを再生したものだ。「三軒家アパートメント」という名でレコード店やリラクゼーションサロンなどさまざまなお店が展開しており、兄の古本屋の2店舗目「古書分室ミリバール」も入っている。ひっそりとしつつも、尾道の駅裏をにぎやかにしている。


 そんな場所で朝の7時半にオープンするそのお店は「きっちゃ初」という。元々は「56カフェ」という名前で代々いろいろな人がカフェとして開けてきた場所だ。前任の店主が後任の店主を見つけて来るというバトンリレーのような形式で、現在の店主も前の店主から声をかけられ開店することになった。その際、「きっちゃ初」という名前に変わって新たにスタートをきったのである。


「きっさ(喫茶)」ではなく、「きっちゃ」。


「きっちゃ初」というお店が果たして何屋なのかと聞かれると少々回答に困ってしまう。カフェとも定食屋とも言いがたい……。そして都会の洗練されたお店や少し堅苦しい料亭とは違う空気感である。店主セレクトのお茶やチャイを飲むことができて、同時に和の朝ご飯を食べることもできる。あえて言うなら、朝ごはん屋さんなのかもしれないが、たまに夜営業していることもあるので、朝ごはんに限ることもできない。しかし、言及できないのもまた魅力である。

 そんなきっちゃ初の店主は、笑顔が朝陽のようにまぶしい、なんなら朝陽よりまぶしいかもしれない女性で 、通称「どいちゃん」という。


 どいちゃんと知り合ったのは私が尾道に移住する前のことである。新卒で入った会社を早々に辞めた私はぼろぼろの体を引きずりながら、気分転換にと尾道をふらふらとしていた。そのとき兄に連れられたカフェで、どいちゃんと初めて対面したのである。当時の彼女はカフェに併設されたゲストハウスで働いていた。第一印象は今の印象とあまり変わらず「笑顔が素敵な人だな」だった。


 そのとき、どいちゃんに「今、何してるの?」と聞かれ、私は一瞬とまどってしまった。当時は仕事を辞めたことの罪悪感に苛まれていたし、無職ということが情けなく、恥ずかしいことだと思っていたからである。だから、「無職なんです」と答えた声はやや小さく、自嘲気味になってしまった。しかし、どいちゃんは「無職!? うらやましい!」となんのためらいもなく、まっすぐ私の目を見ていってくれたのである。私はこの言葉が衝撃的で、同時にとても救われた。


 私が移住したあと、どいちゃんにこの話をしてお礼を伝えたことがある。どいちゃんは少し照れ笑いをしながら、「無職だからって責めるような人は尾道にはいないしね」と言ってくれて、また救われたのだ。

 そう、どいちゃんは誰に対してもどんなことに対してもフラットで垣根や境界を感じさせない人なのだ。きっちゃ初で出されるご飯と同じぐらい魅力的なのがどいちゃんなのだ。


 そんなどいちゃんが尾道に初めて来たのは、今から約8年前、社会人1年目のときだった。当時は広島県外の旅館で働きつつ、暇を見つけては1人で旅行していろいろなゲストハウスに泊まっていた。


 尾道に来たときもゲストハウスに泊まり、その過ごしやすさから1泊の予定を3泊に伸ばしたほどだという。どいちゃんも会社員でしんどい時期だったようで、尾道での時間がとても新鮮で、「こういう時間の流れで生活している人たちがいることを忘れないようにしよう」と思ったそうだ。

 それからさらに約2年後、「会社員がんばったな」と感じることができようになってきた頃にもう一度尾道へ。前回泊まったゲストハウスのオーナーに「越して来ちゃいなよ」と言われ、尾道に引っ越すことにした。これだけ聞くとそのフットワークの軽さに驚くが、2年という時間の流れと会社員をがんばってきたらからこその決断だったのだと私は思う。普通車1台に乗るだけの荷物で引っ越してきたときは不安と好奇心が半々だったという彼女の言葉からもそれはうかがい知れる。


 その後、そのゲストハウスで2年半働く中で、自分がやりたいことは民宿だなぁと感じ始めた頃に、56カフェの店主に声をかけられた。そこで、民宿で出したいと思っていた朝ごはんをやろうと決め、きっちゃ初が開店したのだった。


 彼女のまわりには人が絶えない。自然とその笑顔と温かさに吸い寄せられてしまうのだ。

私が兄の愚痴をこぼした際も、「本当にムカつくよね〜」と私の意見を尊重しつつ、「でもさ、それが藤井(兄)のいいところでもあるよね」と兄も肯定したのである。ああ、だからみんなどいちゃんに話したくなるのだなと思う。


 何より彼女のすごいところは、どんな年代のどんな人でも話をつなぎ、盛り上げられることだ。つねにいろいろな話題にアンテナを張っているからこそ、なせる技である。そして得た知識をひけらかすのではなく、相手の話の流れに沿って、そっと寄り添うように話題を服らます。それもわざとらしくなく、自然とやってのけてしまうので、舌を巻いてしまう。


 そんな魅力的な彼女が思う尾道の魅力は「人」だという。


 移住者が開いている個性的な店ももちろん楽しいが、昔からある尾道のご年配の方々の一言や行いによく心打たれるそうだ。たとえば、昔からあるバーのママの「人の話がおもしろく聞こえないのは自分に知識がないからだ」という言葉は彼女の人と接する時の根っこになっていたり、料理上手な主婦のおばあちゃんから料理のレシピを教えてもらったり、大家のおばあちゃんも「若い子に気楽に使ってほしい」と格安で家を貸してくれたり……。


 たしかにどいちゃんを見ていると、そういった人たちの言葉が彼女の基盤になっているように感じられる。「昔からの住民の方の土台があってこその自分の生活だよね」と迷うことなく言える彼女が私は大好きだ。


 どいちゃん自身の話ばかりしてしまったが、彼女の作るご飯ももちろんすごいのだ。白米に、味噌汁、がんもどきに、カラフルな副菜たち……そのすべてが基本的で素朴なものでありながら、体に染み込みおいしい。


 それもそのはず、彼女は「『結局好きだよなぁ』みたいな味を探すこと」を大切にしている。多様化する社会の中で食事も多様になってきている。それでもそれぞれの違いを認めながらも、そんな中での小さな共通点、「味噌汁って結局体に一番染みるよね」「食べるのは楽しいね」という自然に生まれてくる気持ちを信じてご飯を作っているのだという。


 コロナ禍の営業ではテイクアウトもしてくれていた。私もロールキャベツを持ち帰らせてもらったのだが、それを食べた夜、私は堰を切ったように泣いてしまった。気付かぬうちに自分の素直な気持ちに蓋をして無理をしていたのかもしれない。気持ちに正直に生きることは悪いことじゃない、彼女のご飯には気持ちをほぐして素直にしてくれる魔法がかけられている。


 尾道に来て、早く目が覚めたなら、駅裏に行って見るといい。あったかい味噌汁と太陽のように暖かい看板娘が迎えてくれるだろう。


 朝が来る。きっちゃ初が開く。尾道の1日が始まる。


ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk

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