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  • 執筆者の写真ふじいむつこ

尾道日々是好日(2)尾道で根をはりたい、ある音楽家の話

更新日:2022年5月1日



尾道在住のマンガ家ふじいむつこさんが、尾道に暮らす市井の人々にスポットを当て、その人の日常や生き方を描く「尾道日々是好日」。訪れる人の心をつかんで放さない尾道……今回の主役である音楽家も、そんな尾道の魅力に引かれて移住を決意した一人だ。世間の当たり前に流されず、自分らしく生きるために必要なこと。それは彼女の生き方に学べるかもしれない。



流される私と流されない彼女


 彼女との出会いは実に現代的であった。


 それはまだ私が東京で暮らしていて、何度目かの転職でやっと正社員になり1年が経った時期だった。当時の私は、すでに仕事に嫌気がさし、自分が本当にやりたいことは何かと悶々と悩み、多額のお金をつぎ込んでは自己啓発本を読みふける日々を過ごしていた。そんなたくさんの自己啓発本たちが共通して教えてくれたのは「とりあえずやりたいことは今すぐやれ」ということだった。


 流されやすい私は、言われるがまま、とりあえず絵を描き、SNSに投稿しはじめたわけだが、自信も技術もなく、「いいね」もまばらで投稿するたびにくじける日々だった。当時は最短で有名になりたくて、どうやったらたくさん「いいね」がもらえるか、フォロワーが増えるかと仕事中も真剣に考えていた。そんな中でふと漫画の方がおもしろいのではないかと思い立ち、新卒1年目に訪れた尾道での思い出を描き始めたのである。


 試行錯誤の中で「いいね」はあいかわらず一ケタ台だったが、尾道での思い出を漫画にし始めた頃から、投稿するたびにいつも「いいね」をくれる人がいた。


「山本うい」


 それが彼女だった。「うい」という名前だったので、しばらくは本連載の第1回で紹介した「きっちゃ初(うい)」の関係の人かと本気で思っていたし、なんなら3カ月ぐらい勘違いしていた。彼女がたまに更新する写真や動画を見て、どうやら違うらしいぞとやっと気づくことができたのである。

 山本ういは歌を歌っているらしい。ギターも弾く、ありんこシニックというユニットを組んでいるらしい。CDも出しているらしい。同年代っぽい気がする。


 世の中便利になったもので、SNSで相手のことについてそれなりに知ることができる。でもそれらはすべて不確実で、それだけでは知りえないこともたくさんある。毎回のように「いいね」を押してくれるだけだったが、私は彼女のことが気になってしょうがなかった。


 そして私が尾道に移住して間もなく、私が働くカフェに併設されたゲストハウスのお手伝いとして山本ういがやってきたのである。私は人の顔を覚えるのが苦手で、最初普通にあいさつをしてしまい、その名前を聞いた瞬間、本当に体がのけぞった。今まで小さな画面の中にいた人が目の前にいるのだから、私の反応も仕方があるまい。

 その後、彼女は実家のある大分から尾道に移住し、私が住むシェアハウスの向かいに住んでいる。本当にこの世は数奇なことが起こるもんだと思ったものである。


 そんな彼女が尾道を初めて訪れたのは、大学生になった頃だった。ゲストハウスに宿泊し、商店街の昔ながらの喫茶店や山手側を散歩、そして夜の尾道の海に心を奪われた。その後も何回か尾道に訪れたがいつも時間が足りないと感じていて、「住めたらいいな」と思いつつ、いつも気持ち半ばに尾道を去っていた。そのときの状態を彼女は「(尾道に)片想いをしていた」と言う。


 それが変わったのは昨年の夏、またまた尾道を訪れたときのことだった。住みたい気持ちはあったものの、まだ踏み切ることができない状態だった彼女は、商店街にあるバーの店主に「逆に住まない理由があるの?」と言われてハッとした。


 そして、そのバーで尾道の人々との会話を楽しみながら、ギターを弾かせてもらったりして、やっと尾道という街と一方通行じゃない、双方向のやりとりができたように思えたのだそうだ。


 そこからの行動は早く、とりあえず「尾道」とつくSNSのアカウントをフォローしまくり、情報を集めた。そんなとき、ちょうど私のアカウントが尾道の漫画を上げていたのを兄伝いで知り、フォローしてくれたというわけである。そしてあれよあれよという間に尾道に住むに至ったのである。


 高校生のときに友人と組んだ音楽ユニットありんこシニックの活動にも支障は出なかった。相方は県外にいるものの、リモートで練習するなど工夫して活動を続けている。やろうと思えば人間なんとかできるものなのだ。


 2021年7月。そんなありんこシニックのライブが尾道で行われた。向島にある古民家で、静かに厳かに行われた。初めてしっかり聞いた彼女たちの歌声、音に、私は喉の奥がキュッと閉まるのを感じた。彼女の歌はサーカスだった。色とりどりで湖にいると思ったら、街中にいるような、すごく不思議な感覚に陥る。聞いていて飽きず、聞き手の心をそっと包み込む。

 終わった後、感想を伝えようと彼女に近づいたが、彼女を前にした途端、私は気持ちがいっぱいいっぱいになって、彼女の手を握りながら「ありがとう」と言うことしかできなかった。


 でも同時に、私たちは大丈夫だとも確信した。彼女の大きな目を見て話すことはできないし、話すことができてもしどろもどろになってしまうけど、私たちは歌や絵、自分たちが表出したものを通して会話することができる。向かい合って言葉を交わすだけが人と関わるということではないのだと彼女が教えてくれた。


 彼女にこれからのことを聞くと、最終的には「歩く総合芸術になりたい」のだという。音楽に限らず、絵や服飾など芸術に関することを続けて、大道芸人のように暮らしながら、ゲリラ的に自分のできることを披露して、見ていて楽しい、三度見されるような人になりたいというのだ。

 そのために「今はお金より時間を大切にしたい」そうだ。社会人になりたての頃はつらい生活をすることで曲のフレーズが浮かんだり、クリエイティブになれるのではないかと思っていた時期もあった。しかし、時としてそれができない理由になってしまうことがある。「働いているのだから」「時間がないから」と。


 今はゆとりのある時間の中で、気軽になんでもやってみようと思うのだという。何事も経験してみないとわからないからだ。そういう意味でも、尾道はよい場所なのだろう。ライブをしたいと思ったらアンプや場所を貸してくれる人がいたり、気になる家について尋ねると、とんとん拍子で貸してもらうことができたりする。


 彼女に尾道の魅力を聞くと、「恋から覚めさせないでくれるところ」だそうだ。初めて尾道に来たときから衰えない魅力がここにはある。そして、近づきすぎず、突き放しすぎない、人と人の距離感も彼女にとっては心地よいらしい。


 尾道に住む人々は上辺的な「すごい」という会話が成立しないと彼女は言った。自分の中にある普段は人に見せないような場所をさらけ出さないといけないときがあるのだというのだ。そんな強い人たちの中にいて「自分が流されてしまうことはないのか?」と彼女に尋ねると「流されそうになったら、自分が流されない場所に行けばいい」とさらっと返事が返ってきた。


 すぐ人に流されやすい私は彼女のこの言葉がすごく衝撃的だった。私がたくさん読んできた自己啓発本に書かれたこと以上のことを彼女はすでに理解している。そして他者に評価されるということに対しても、つねに私の一歩も二歩も先を歩いていた。とんでもなく彼女のことを尊敬していて、うらやましく、悔しいとさえ思うときがある。私は「山本うい」の虜になってしまっているのだ。


 私はきっとこれからも彼女にあこがれながら、世の中の声に流されてしまう、評価も気にしてしまう。でもそれでいい。それぞれの生き方が否定されずに交差することができるのがこの街の魅力なのだと彼女の話を聞いて私は思う。


 この冬から、彼女は私と同じバイト先のカフェで働くことになった。素直にうれしいし、楽しみだ。流される私と流されない彼女が行き交いながら、今日も海は波打つ。

 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk


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