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  • 執筆者の写真ふじいむつこ

尾道日々是好日(3)旅と学校 あくびカフェーで働く2人と私の話

更新日:2022年5月1日



尾道在住のマンガ家ふじいむつこさんが、尾道に暮らす市井の人々にスポットを当て、その人の日常や生き方を描く「尾道日々是好日」。今回はふじいさんが働くカフェのお話。おいしいごはんとフレンドリーな接客が特長の仕事場で、前職の経験(や上司の言葉)で疲弊してしまったふじいさんも徐々に変わっていく。



私が変わらないと働き続けることはできないの?


「でも環境を変えたところで自分を変えないと、同じことのくり返しになるだけだよ」


 これは東京の会社を辞めるとき、「今はここで働き続ける気力も体力もない。地元に戻り、できそうなことをやりたいと思う」と言った私に対して、当時の上司が言った言葉である。最後の2~3カ月は、ほぼ毎日泣きながら帰っていたような状態だったので、上司の言葉に辞めてせいせいしたと思えればよかったのだが、退職後も上司の言葉は確実に重しとなり、呪いのように自分の中をこだまし続けた。


 尾道に行ったところで、私が変わらなきゃやっぱりダメなんやろか。でも自分を変えるって何なんじゃろ。


 地元に向かう新幹線の中でさめざめ泣きながら考えたものである。

 仕事を辞めて地元・福山に戻ると、すぐに尾道で働き口を探した。尾道に移住したかったのもあるが、何か仕事をしていないと落ち着かなかったというのが大きい。今思えば、上司の言葉を覆したかったのかもしれない。尾道で古本屋をしている兄に相談し、兄が以前勤めていた「あくびカフェー」というカフェに働くことが2020年の年末に決まった。


 あくびカフェーの面接前、履歴書の自己PRの欄を書くのに手間取ったことを覚えている。大学を卒業してからの3年は、転職をくり返す日々だった。なんのスキルもない。でも空欄で出すわけにもいかず、「笑顔と体力には自信があります」と書いた。本当にそれぐらいしか書くことがなかった。


 面接してくれたのは店長のあみさんだ。たくさんの短い職歴が書かれた履歴書をサッと目を通しただけで机に置き、私の目を見てこう言ってくれた。「リハビリだね」と。


 あくびカフェーは尾道駅から徒歩10分ほど、商店街の中ほどに位置し、旅と学校をテーマにした昭和レトロなカフェだ。本連載1回目で紹介した三軒家アパートメント同様、尾道空き家再生プロジェクトによる再生物件の一つで、もともとは眼鏡屋さんだった。2021年の12月に9周年を迎えた。


 ゲストハウス「あなごのねどこ」が併設されており、廃校となった古い木造校舎で使われていた椅子やロッカー、跳び箱などを再利用している。30分ごとにチャイムが鳴り、食事はなつかしいアルミ皿で提供、スタッフはみんな割烹着を着ているという何とも不思議なカフェだ。


 そんなあくびカフェーには学生、フリーター、主婦とさまざまな年代の人々が働いているが、その中でも開店当初から働く2人をご紹介したい。


 1人目は給食長もとい店長のあみさん。あくびカフェーのすべてを取り仕切っているが、中でも食事のメニューを主に担当している。カレーやトーストのメニューなど、季節ごとにいろいろなご飯を考案する。あみさんが作るご飯はいつもおいしそうで、私や学生の子たちはお客様に運ぶ際にいつも「おいしそう」とよだれを垂らしている。

 そんなメニューを考えるとき、あみさんはあくびカフェーの雰囲気を壊さないように心がけている。あくびカフェーの魅力はカフェに関わってきた人々が作ってきた遊び心と工夫があふれる空間とそれが作る雰囲気だとあみさんは考えている。だからそれを壊さないような商品開発、ちょっとした遊びを提供できるように意識しているのだという。


 メニューだけでなく、SNSの運営、シフト管理や給与計算などこまごました事務仕事もすべてやってのけるが、あみさん自身はあくびカフェーは「誰の店でもない」と思っているそうだ。あくびカフェーではこれまでたくさんの人が働いてきた。


 あみさん曰く、最初はカフェとすら気づいてもらえないような空間だったのが、働く一人ひとりによって何かが残され、それがお店を形作ってきてくれたのだという。それはケーキのレシピやイラスト、ちょっとした引き継ぎの文字に表れている。そういったものが日々の業務の中でふと顔を出したとき、なつかしく感じると同時に「今日もがんばろう」とあみさんは思ってお店に立つ。


 あみさんは元々北海道出身だ。結婚を機に尾道に越してきた。北海道ではTVCMの制作会社で5年、居酒屋で2年と馬車馬のように働いていたらしい。尾道に越してからパートをしたりしつつ、その後妊娠。出産後のある日、あくびカフェーのオープンに携わっていた知人から電話がかかり「あみちゃん、いつまで子育てするん?」と聞かれ、あれよあれよという間にあくびカフェーで働くことになったのだという。


 常に激務なあみさんだが、家庭では3人の子どもを育てる、さらに激務な母親でもある。たまに子どもたちもお店に来てくれてそれが私は楽しみだったりする。子どもたちの姿を見るのが単純におもしろいのもあるが、仕込みをしながら子どもたちの宿題を見たり、会話するあみさんの姿を見るのが好きなのだ(これをあみさんにいうと嫌がられそうだが)。子どもを背負いながらあくびカフェーで働いていた時期もあったそうだが、それが成立したのは家族はもちろんのこと、スタッフやお客様が温かく見守ってくれていたからなのだと言えるあみさんを私は尊敬している。


 そんなあみさんに冒頭の「環境を変えたところで~」の話を働き始めて1カ月ぐらいのときにしたことがある。「そう言われてから自信がなくて〜」とかなんとかヘラヘラ自嘲気味に話した私に対して、あみさんは間髪入れずに「それは違うよ!」と返してくれた。「環境が変わることで自分を変えられることだってある。私が違うって、その上司は間違ってるって断言してあげる」と言ってくれた。その勢いと言葉がうれしくて思わず目頭が熱くなった。

 あみさんはいつもそうなのだ。私が相談したことをまるで自分の身に起きたことのように親身になってくれて、真剣に考えてくれる。時には私より怒ってくれたり、悩んでくれたりするのだ。「昨日家族とも話したんだけど〜」と翌日報告してくれることだってある。そんなあみさんが私は大好きだし、家族でもない、友達というには違うような、あみさんとの関係性が本当に貴重だと思っている。


 2人目はじゅんこさん。あくびカフェーのデザート全般を担当している。製菓学校で学んだわけではなく、ほぼ独学で季節ごとにさまざまなケーキを編み出しているが、独学とは思えないほど、ガトーショコラもシフォンケーキもチーズケーキもすべて本当においしい。


 じゅんこさんはあくびカフェーだけでなく「あなぐま菓子店」という名で個人でイベント出店などしているときもある。旅行やアウトドアが好きで3人の子どもを育てるパワフルな人だ。繁忙期に休憩なしでも朝から晩まで同じテンションで明るく働いているので、学生たちを差し置いて、あくびカフェーで一番元気な人だと私は睨んでいる。


 こんなことを言うと生意気かもしれないが、ケーキだけでなく、じゅんこさんが大切にしていると言っているように、接客も抜きん出てすばらしい。じゅんこさん自身が旅行好きというのもあって、自分が旅行先で行ったお店でいい対応をしてもらったらその街を好きになると思うからと、お客様が少しでも楽しい気持ちで過ごしてもらえるように意識しているのだという。


 尾道は観光客が多く、あくびカフェーも奥にゲストハウスがあるので、おすすめのラーメン屋さんや雑貨屋さんなどを聞かれたりすることがよくある。私はだいたいお店を紹介するのにとどまるのだが、じゅんこさんは観光マップを広げ、その地図におすすめのお店を複数書き込みながら、1日のプランまで提案するのである。さながら旅行代理店である。それもじゅんこさんが旅行しているかのように楽しそうに考えて話すので、じゅんこさんが対応したお客様はみんなうれしそうな満足そうな顔をしている。

 尾道に移住して20年経つじゅんこさんは元々大阪でCADオペレーターとして働いていた。今は元気なじゅんこさんだが仕事に追われ体調を崩し、都会の生活にも疲れを感じていた頃があった。そんな折、Uターンで尾道に帰ることにした旦那さんと結婚することになり一緒に尾道へやってきたのだという。


 尾道に来てからは海岸通りのカフェや病院の受付で働いていたが、出産育児などで一時仕事を辞めた。そんなとき、尾道空き家再生プロジェクトの代表・豊田さんに子育て中のお母さんと子どもを対象に「絵本の中のお菓子を食べる会」をやってみないかと誘われて定期的に開催することになったそうだ。その後、あくびカフェーのオープンが決まり、カフェでお菓子を作らないかと誘われて働くことになった。


 じゅんこさんはすぐエネルギー切れになる私の体調をいつも気にかけてくれて、「これ飲む?」と自宅から持ってきた紅茶やお菓子などをくれる。私が二日酔いのときには「家にあったから!」とウコン的な飲み物を手渡してくれた。さすがにそのときはありがたさよりも申し訳なさが先だったが……。きっと仕事で悩んだり、体調を崩したりしてきたじゅんこさんだからこそ、こうやって気にかけてくれるのだろうと思う。時に友人のように気軽に芸能人の話などをすることができ、時にお菓子作りのプロとして尊敬することができたり、時に母のように見守ってくれたりするじゅんこさんに私はいつも支えられている。

 2人に今後の展望や目標はあるかと尋ねた。あみさんは、あくびカフェーで働く中で人と関わってみんなで何かするということの楽しさや辛さがわかってきたので、今度は自分一人でやることの楽しさや自由さ、苦しさを味わうのもいいかなと思っているらしい。飲食業に関わる時間が長くなったため、今後も続けていくのかもしれないと思いながら、ひとまずは誰かに何を作るということは続けて行きたいと考えている。


 じゅんこさんはこの質問にすごく悩みつつも、おいしいケーキを作り続けることはもちろん、「ここのケーキが食べたいから!」と自分が作ったケーキを目指してお客様が来てくれるようになりたいと答えてくれた。


 2人とも結婚を機に尾道にやってきた。最初のうちは知り合いも旦那さんを通してしかおらず、不安や悩みもたくさんあったはずだ。それでも10年、20年と住み、人と繋がり、子育てとあくびカフェーの業務をこなしながら、自分のやりたいことをさらに考えることのできる2人を見ていると勇気が湧いてくる。そしてそうやっていつでも目標や夢を持つことができるのが尾道の魅力なのかもしれないと思う。


 気づけば私も働いて1年が経つ。自分が働き続けることのできるリズムを探りながら、なんとか続けることができている。それはスタッフのことを思い、シフトや働き方を考えてくれるあみさん、いつも私の体調を気にかけてくれるじゅんこさんやていねいに仕事を教えてくれた先輩、私の他愛もない話に付き合ってくれる学生の子たちなど、私の環境を整えてくれる人たちがいたからだ。


 あくびカフェーが万人にとって完璧な職場かと言えばそうではないだろう。しかし少なくとも、今の私にとっては呼吸がしやすい職場であることは間違いない。


 この1年で働くということの考え方も変わった。上司の言ったことはあながち間違いではなかった。たしかに自分が変わらなければ、また同じことのくり返しだったような気もする。しかし、それはあくびカフェーという環境があったから変わることができたのだ。


 東京で働いていた頃、朝が来るのが怖かった。仕事に行く道中で事故に遭って休めないかなと赤い信号機をぼんやり見つめる日々だった。今でも、たまにしんどい日はある。でもあの頃のような絶望的な、死んだほうがマシだというような感覚はない。朝もあの頃ほど怖くない。職場に行く道中は出会う猫を愛しむ余裕だってある。


 今日はあれを仕込もう、あみさんに、じゅんこさんにあの話したいなと考えつつ、あくびカフェーに向かう私の足は軽やかだ。

 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk


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