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尾道日々是好日(6)眼鏡屋の弟子の話

更新日:4月29日



東京からの移住先としての人気が高い広島県・尾道市。この地を一度訪れるとその魅力に取りつかれ、移住を決める人は少なくないのである。さらに、ドラマや映画のロケ地として知られる側面もあり、クリエイティブな活動も活発だ。そんな尾道において、今回登場する青年は少しめずらしい存在かもしれない。



県外就職後、尾道に戻って来た青年の胸中とは……


「僕の話なんて、たいしたことないですよ」

私が彼の生い立ちについて質問をしたとき、彼はそう言いながらも、まっすぐな目で質問に答えてくれた。


 兄が古本屋をしているため、お店に行けば兄伝いでいろんな人に出会う。彼もそのうちの1人だった。とりわけ騒ぐわけでも話し込みすぎることもなく、ちょうど良いテンションで兄と談笑し、お店が混み始めるとさっと本を買い、さっと帰る。なんとも気持ちの良い青年。それが岡田君だ。



 兄を交えた飲みの席で、私が兄を「自分につねにスポットライト当たってないと気がすまないのか」とちょっと馬鹿にしても「でも藤井さん(兄)がいないと場は盛り上がらないし」とさらりとフォローしてくれる。兄の引っ越しの際は登るだけでもしんどい坂の上の家まで登ってキッチンの清掃などを手伝ってくれた。気持ち良いだけではなく、かなりのお人好しである。


 失礼な話ではあるが、私は人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。そもそも人の顔を見て話すのが苦手なので、なんとなくの背格好で相手を記憶することが多い。岡田君に対しても、何回も会ったことがあるのにまったく別の人と勘違いして話しかけてしまったことがあり、大変な失礼をした。それでも怒ったり嫌な顔をしたりすることなく、「眼鏡屋の……」と訂正してくれたのである。



 そう、岡田君は商店街にある寺山眼鏡店という眼鏡屋で働いている。寺山眼鏡店は、本連載第3回で紹介した私のバイト先であるあくびカフェーの真向かいにあり、眼鏡のフレームデザイン、制作、販売を一括して行っている眼鏡屋である。


 兄や知り合いに寺山眼鏡店で眼鏡を作ってもらった人が多々いるが、「その眼鏡ってもしかして……」と素人目にも一目で寺山眼鏡店の眼鏡だと気づく、独特のフレームだ。真向かいにあるお店で開店時間も一緒なので、開店準備の際にはお店の暖簾を出す岡田君とよく顔を合わせる。



 そんな岡田君は実は私と同い年で、広島県福山市出身だ。話してみると共通の知り合いもいることがわかり、なんと世間は狭いことかとつくづく思ったものである。7歳の頃から、中学高校までサッカー漬け。音楽やアニメも好きで多趣味な彼だが、隣の市である尾道には中学校の時のフィールドワークの寺巡りで来たぐらいで、特に興味はなかったという。


 転機となったのは尾道市立大学経済情報学部への進学だ。大学3年生のゼミ活動で空き家について調べるため、尾道空き家再生プロジェクトを皮切りに大学外の尾道に住む人々と接点を持つようになり、尾道という街に深く入っていくようになった。特に空き家再生プロジェクトが所有する三軒家アパートメントは彼にとってはきっかけの場所で、本連載の話を聞く場所としても指定してくれた。同所で古着のフリマなどのイベントをしたこともあるそうだ。


 そして就職先も尾道で出会った人のご縁で決まるが、そのときは今の眼鏡店ではなく、金属部品の営業だった。ものづくりという点では興味のある仕事ではあったが、一緒に働きたかった人とは実際に一緒に働くことはできず、「若さゆえに『この会社ならもっとこうしたほうがいい』とか思っちゃって……」と少し苦々しそうにふり返る。


 仕事を辞めようと思っていたそんな折に、大学卒業前に手伝いをしていた寺山眼鏡店の店主、寺山洋平さんから声がかかり、あれよあれよという間に仕事を辞め尾道に戻って来た。


 兄からの事前情報では県外に就職したが辞めて尾道に戻ってきたとしか聞いてなかったので、よっぽど尾道が好きな人なのだなと勝手に思っていたが、彼の話を聞くと流れに流れて行き着いた先が尾道だったわけだ。仕事がなければ尾道には戻ってこなかっただろうし、今後もしも寺山眼鏡店が尾道以外に移転になったとしても何も迷うことなく一緒についていくという。


 大学生という血気盛んであり、間近に迫る将来に思い悩む時期を尾道で過ごし、一度離れ戻って来た彼だからこそ、どこまでも冷静な視点で尾道という街と人を語る。


「尾道にいると『何かしないの?』と声がかかる。絵や音楽、何か得意なことがある人にとってはいいかもしれない。でもそれが同時に『何かしなきゃいけない』という圧力にも感じることがある。何も持たない、お金もない僕は『じゃあ、何をしたらいいの?』と戸惑ってしまうこともあった」


 それは常々私も感じることではある。イベントをするハードルは低く、いざやろうとなればいろんな人が力を貸してくれる大変ありがたい環境だが、そんな場所だからこそ逆に何もしていない(正確に言えば何もしていないことはないのだが)自分にやるせなさを抱くことは多々ある。

 続けて彼は言う。


「尾道に住む人の中には、『仕事しなくてもいいよ〜』『とりあえず移住してみたら』と提案する人もいるけど僕はそれは無責任だと思う」


 だから、移住希望する人たちにはきちんと仕事や家など生活基盤を整えて移住してほしいと願う。移住前と後で必ずギャップはある。尾道という街は移住者に寛容ではあるけれど、それに過度に期待しすぎるのは危うい。


 大学生の彼にとって尾道はとても居心地が良かった。しかしそれは大学生だからこそ許されていた部分があるからだ。「仕事しなくてもいい」と言う人の言葉をそのまま飲み込んでいたら、今とはまったく違う生活をしていただろうし、今の自分ではなかっただろう。もしかしたら尾道には住んでいなかったかもしれない。


 おはずかしい話だが、岡田君と話すまで、私はバイト先の大学生に「就職しなくてもいいよ〜」「就活なんてやめようよ〜」なんて冗談めかして言っていた。猛省である。可能性も選択肢もいくらでもあるその子が私の言葉を鵜呑みにしてしまったら?私はその子の2〜3年後まで見すえて話していただろうか。



「今は自分の優先順位が定まっているから、人の言葉に揺らぐことはない」という彼は、今の仕事が本当に好きなのだという。


 後日、彼の職場にお邪魔した。店内にずらりと並ぶぽってりとしたフレームはもちろんすべて手作りだ。決まったフレームから選ぶセミオーダーから、自分が持っていた古いフレームや映画俳優のつけていた憧れのフレームに寄せて作るといったフルオーダーも可能である。


 店内にも置かれている透明なプラスチックのような板(正しくはアセテートやセルロイドという素材)を3Dプリンターで切り出し、紙やすりや泥、布などを使用して4段階に分けて研磨していく。ただの一枚の板から、立体的で艶やかなフレームになっていく様はまるで魔法のようだが、オーダーから1カ月半〜2カ月の期間をかけ、一人一人の輪郭や目と目の距離に合わせて作るというのでその作業量は底知れない。そして修正が効かない一発勝負な作業が多く、技術と集中力が問われる。まさに職人技である。今の岡田君の目標は自分1人で1から10までの作業ができるようになることだそうだ。



 寺山眼鏡店は岡田君を除いては家族での経営だ。お店とお店、人と人との距離が近い街、噂も早い。家族ではない自分だからこそ、「僕を通してお店を評価されると考えて行動している」。コロナ禍では手指消毒を徹底し、外出も控えた。お酒は得意ではないので飲みにはあまり行かない、付き合いが悪いと思われても「それはそれでいい」。


話しているとかなり落ち着いていてしっかりしているので、本当に同い年かと疑うが、「自己紹介するときに『眼鏡屋の弟子』って響き、なんかいいでしょ?」と笑う顔は26歳の等身大な彼そのものだった。



 今回の取材終わりには彼の奥さんと一緒に岡田君の車で少し離れたハンバーガーチェーン店で昼食をとった。そこでは推しているアイドルの話やゲームの話で盛り上がり、旧友に会ったような、なつかしい少しソワソワした気持ちになった。でもそんな感覚が久しぶりで嬉しかった。家では掃除担当だという岡田君の車もやはりレンタカーばりのきれいさで岡田君の人となりを表しているようだった。


 尾道に来たから、特別何かをしなきゃいけない訳じゃない。好きな仕事に心血を注ぎ、休日は家でそっと推しを応援しながら、夫婦で暮らす。そんな歩み方をしてもいいじゃないか。人も物事もすごいスピードで通り過ぎる尾道という街で、静かに、しかししっかりと地に足をつけて今日も彼はお店の暖簾をかける。


 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk


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