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尾道日々是好日(5)手作りケーキと喫茶のお店 佳扇の話

更新日:5月1日



大の甘いもの好きであるマンガ家のふじいむつこさん。彼女が暮らす尾道には、それはそれはおいしい洋菓子店があるという。今回は尾道を訪れたら必ず足を運びたくなるおいしい洋菓子店と、そのお店を切り盛りする店主のお話。



ケーキが食べたいと思ったら……


 私は無類の甘党である。


 本当に甘いものが大好きなのだ。ケーキやクッキー、チョコといった洋菓子から、どら焼きや大福などの和菓子まで……全部大好きである。お菓子で苦手なものはないと断言できる。あえて言うなら、アレルギーでリンゴや桃を使ったものは食べられないぐらいだ。それも最近アレルギーになったので、本当はアップルパイや桃のタルトなど俄然食べたく、泣く泣くその気持ちを押し殺している。


 1日3食甘いものでも構わない。もちろん合間に漬物ぐらいの塩気は欲しいが、それを食べればすぐにリセットできる。原稿に取り組むときも甘いものは欠かせない。就職活動がうまくいかず泣きながら帰ったときもケーキを買ってやけ食いした。私にとって甘いものとはガソリンだ。


 そんな調子なので尾道に引っ越して家から徒歩圏内にケーキ屋さんがあったのは幸福であったとしか言いようがない。


 私が足繁く通う洋菓子店「佳扇(かせん)」である。


 商店街のアーケードを抜け、さらに東にまっすぐ進む。写真館、ラーメン屋、お好み焼き屋を越え、尾道一の飲み屋街、新開(しんがい)の入り口にある、クリーム色の建物が佳扇である。味わい深い木の立て看板が目印だ。

 佳扇の店内はまるで宝石箱だ。きらりと光るルビーのような苺が乗ったショートケーキ、テラテラとカラメルが光るクレームブリュレはトパーズ、ひかえめで上品な抹茶のタルトは翡翠か……思わず生唾を飲み込む。色とりどりのケーキが並ぶショーケースからくるりと後ろをふり返れば、これまた美しい焼き菓子が鉱石のように並ぶ。


 フロランタンはゴツゴツと角度を変えてきらめくアメジストのごとく私を魅了する。私は佳扇の中に入るとどんなテーマパークに行くよりもワクワクして、どんな絵画を見るよりもうっとりする。だってこれらは見た目の美しさとともに、すべて食べることができるのだ。

 佳扇がオープンしたのは1999年の12月。それまで大阪で暮らしていた店主のオノヅカさんは、28歳のときに両親の定年退職に合わせて、両親の地元である尾道に帰郷。大阪ではOLとして働いていたが「向いていなかった」とオノヅカさんは笑いながら語る。そんな仕事の合間に趣味でケーキ教室に通うようになった。元々ケーキ作りは好きで、その後レストランでも経験を積み、お店を開店するに至った。


 そこから20年あまり、常連さんが店員になったり、コロナ禍では店内喫茶を休んだりしながらも営業を続けている。


 材料の価格は高騰し続けているが、アルバイト生活の私でも手に取りやすい価格で販売されており、ほとんどのケーキが500円をきる。本音をいうとかなりギリギリのラインを攻めた価格設定になっているらしい。それでも「悪いものは口にしてほしくないから」と素材へのこだわりに妥協はない。


 ケーキの王道、ショートケーキは苺の酸味と生クリームの甘さがベストマッチ。フワッとしたスポンジのやわらかさもちょうど良い。ピスタチオのロールケーキにはクリームだけでなく上にかかったチョコソースにもピスタチオが練り込まれている。口に含むとピスタチオの香りが舌にやさしく広がる。


 生地にホワイトチョコレートが使用されたホワイトガトーショコラは、一口食べれば虜になってしまう。あまりにおいしいのでクリスマスにはホールケーキを注文した。「びっくりマロン」というケーキは、マロンのムースをゴロゴロッとしたパイ生地で包んだ名前の通り、驚きの見た目だ。そんな見た目とは裏腹に中のムースは繊細な味で食べてさらにびっくりと二度おいしいケーキである。季節限定なので出会えたときはぜひご賞味いただきたい。

 ついついショーケースのケーキばかりに目がいくが、焼き菓子もすばらしい。オノヅカさん自身、実はケーキよりも焼き菓子の方が得意で、特にアマンドレザンはおすすめなのだという。聞かれてもいないが私のおすすめは生姜のマドレーヌ。甘い生地に生姜がしっかりと効いていて癖になる。人への贈り物を買いにきたつもりが、1つ2つとちゃっかり自分用の焼き菓子を購入してしまう。


 贅沢がしたい日、誰かにプレゼントしたい日、疲れた日、特別な日もそうじゃない日も、365日どんなときも私はここのケーキや焼き菓子が食べたい。


 しかし、私がこれほどまでに通うのは、ただ商品がおいしいからだけではない。もちろん第一に「おいしい」というのはあるが、オノヅカさん含め、店員の皆さんの温かな接客に心打たれるからだ。


「寒いねぇ」という何気ない会話から、「この間はバタバタしてごめんね」という気遣い、

お客さんが帰るときは先にドアを開け、荷物いっぱいのお客さんには「車まで持って行こうか?」と声をかける。佳扇から帰るとき、私はいつもケーキ以外の何かをもらっているような気持ちになる。

 基本的に日曜日が定休日だが、バレンタインデーやホワイトデーの前日や当日が日曜日にかかった時は営業している。「みんな気合い入ってるでしょ? 開けなきゃと思ってね」と少し悪戯っぽい顔で話す。朝型だというオノヅカさんの仕事は早朝5時から始まる。繁忙期は帰りも遅くなる。ケーキのように甘くはない現場で、それでもそんなユーモアを忘れない。


 オノヅカさんに「今後の目標や夢などありますか?」と尋ねた。オノヅカさんはそのままの笑顔で、しかしスッと伸びた綺麗な姿勢で答えてくれた。


「お店を閉めることなく、続けていけられたらいい」

 それは商いをする人々にとってどれだけ切実な声だろうか。今のところ、後を継ぐ人はいない。自分の代までだろうと考えている。だからこそ「自分が働くことができるところまでやれればいいな」とオノヅカさんは語る。

「佳扇」という名は、オノヅカさんが決めた。お年寄りも多い街。横文字の英語はきっと読みにくく、覚えにくいかもしれない。人が土を運んでくれるようにお客さんに足を運んでもらい、その人たちが扇のように末広がりに幸せになっていってほしいという願いを込めて「佳扇」。


 コロナの影響で現在店内の喫茶コーナーはしばらくお休みになっている。復活の日を今か今かと楽しみにしつつ、大好きなお店にはいつまでも続いてほしいからという口実で今日も1個、2個とケーキを買う私なのであった。

 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk


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