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  • 執筆者の写真Byakuya Biz Books

羅臼昆布の名人が語る 第一次産業従事者のあるべき姿

更新日:2021年8月20日



たとえそれが最高の品質でも、誰にも知られなければ存在しないのと同じ。前編では、売り上げが低迷する羅臼昆布をどうやって広めることに成功したのかを見てきた。後編ではその普及活動においてもっとも重要な役割を果たしたといっても過言ではない、羅臼昆布の生産者である井田一昭さんに焦点を当てた。180人もの昆布漁業者のトップに立つ井田さんはどのような想いでこれまで語ってきたのか。「人様にものを話せるなんて幸せもの」と話すその姿勢から、私たちが学ぶことは多いはずだ。



日本一の羅臼昆布でも売り上げが低迷していった


羅臼昆布は日本一と言われています。その由縁は、知床半島の自然の営みと生産工程にあります。

昆布には多くの種類がありますが、ここの昆布は羅臼でしか取れません。羅臼の海はとても恵まれているんです。海流が北から南へ流れ、栄養素が豊富な海に面していて、山から豊富なミネラルが海に運ばれます。


羅臼は山と海の距離が近いのも特徴。道路を面してすぐに海があるため、山に浸透した雨水がすぐ海に流れていく

そして、羅臼昆布ほど手間暇かけてつくっている産地はありません。一般的な昆布は採取して干して、サイズを整えて製品にするまでに数日から1週間程度。一方、羅臼昆布は海から採取して、製品として出荷するまでに約100日間かかるんです。

羅臼昆布は、海から採ってただ干して出来上がるものではなく、完成までに23もの工程があります。この工程の多さが、昆布のおいしさに結びつくんです。

もっとも特徴的なのが、湿りという工程ですね。昆布を海から採ったあと、天日に干して乾燥させますが、その後、わざわざ夜露に当てて湿らすのです。そして、巻いて、伸ばしてといった工程を経て、「奄蒸(あんじょう)」という熟成を行い、昆布のもつ旨みを引き出します。


昆布の表面に見られる白いものが旨み。昆布をそのまま食べられるのは羅臼昆布だけと言われている


昆布を1枚ずつ巻いて伸ばして、乾かして、寝かす……こうした工程をくり返すことで、製品化されます。昆布づくりでもっとも大変なのは、いかに旨みを出せるか。しっかりと手間をかけた分だけ、旨くなります。

製品としての品質には絶対の自信があります。でも、年々、羅臼昆布の売り上げは低迷し続け(前編参照)、このままではいけないと思うようになりました。だから、組合と協力して、販路を拡大していく必要があったのです。

そして、私は昆布について、日本はもちろんのこと、海外でも話すようになりました。


昆布の話をする井田さん。中学を卒業してから50年以上、昆布を生産しているプロフェッショナル。昔から工程はまったく変わらないそう



生産者だから語れることがある


当時の私たちには、「羅臼昆布はいつでも売れる」というおごりが、少なからずあったんだと思います。でも、羅臼漁協協同組合の担当者と各地に昆布の視察に行ったときに聞こえてきたのは、「知らない」「高い」「どの昆布でも一緒だ」という声でした。

昆布をめぐる状況がずいぶんと変わっていたんです。昔は昆布専門の人たちがいて、対面で売っていました。でも、それは専門店だからできたことです。今では売り方が変わり、どの昆布もお店で同じように陳列されるようになりました。

だから、業界でも昆布の違いがわからない人は少なくないし、料理人ですら、昆布は干したらできると思っているぐらいです。

このままではいけないと思った私たちは、羅臼昆布がおいしいものであり、がんばってつくっていることを広く伝えようと考えました。そして、生産者である私がその役割を果たすべきだ、と。

生産者なら、売り方本位で商品の説明をするのではなく、本質的なことを伝えることができるからです。それは和食の原点から話すこと。和食は日本人の伝統的な食文化ですが、この和食の基本にあるのが「だし」なんです。

だしは乾燥させたかつおやしいたけ、昆布から旨みを抽出したものです。今ではほとんどが粉末状になっていたりするので、多くの人が意識していないし、そもそも知らない人もいますが、元の形があるわけです。

私は学校でもたくさんお話ししますが、今の小学生も中学生も、和食の原点を知らないことが多いんです。それは親に認識がないからです。たとえばお味噌汁に入れる味噌だって、大豆や米、麦に塩と麹を入れてつくりますよね。


井田さんが伝えるときに気をつけることは、「和気あいあいな雰囲気にする」こと。説教くさいとイヤがられるので、笑いを入れるなどして、かたい雰囲気を壊すのだとか


羅臼昆布は日本三大昆布(真昆布、利尻昆布、羅臼昆布)のなかでも、濃厚な旨みが出る昆布です。でも、和食の原点、元の形を知らないと、ただの昆布という理解で終わってしまう。そこはしっかり教えていきたい。

私が親世代に話すときは、「子どもに教えてあげてください」と、子どもに対して話すときは、「お父さんお母さんに『こんな話を聞いたよ』と教えてあげて」とお話ししています。

なんとなく「おいしい」というだけではなく、「昆布が入っているからおいしいんだ」「和食の原点がここにあるんだ」という感覚を身につけてほしいんです。


1箱15キロで梱包された出荷前の羅臼昆布。箱のバンドの色と位置で昆布の等級を表している。緑が最高の1等



話すことで「羅臼昆布」を託していく


和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたとき、和食の原点にあるものとして、昆布やかつお、しいたけが世界の料理人から注目を集めました。

私はこれまでスペインやイタリア、マレーシアなど海外にも出向きましたが、昆布の話をするとたいてい驚かれます。化学調味料を使わない、自然のもので味が取れるものはあまりないからです。

羅臼昆布は今、世界的に有名なレストランや、東京の有名なイタリアンやフレンチでも使われています。だしとしてだけでなく、昆布そのものをペーストにしたり、羅臼昆布というメニューもあるぐらいです。

昔は羅臼に隠れていた羅臼昆布が、世界に広がりつつあります。今ではアメリカやオーストラリアから昆布のことを知りに羅臼まで来る。そんな状況が、若い生産者のモチベーションにもつながっています。「これが世界に通用する昆布だ」と胸をはって言えるんです。

ただ、それでもあぐらはかいたりしません。おいしいと知られているからこそ、少しでも味が落ちると「今年の昆布はおいしくないね」と言われます。羅臼昆布を待っている人の期待にこたえなければなりません。

先ほどお話ししたように、最も大事にしているのは旨みの熟成であり、そのために欠かせない23の工程です。それをどこかでゆずってしまったらおいしくなくなる。


23の工程を経て製品化された羅臼昆布は、出荷されるまで倉庫で大切に保管される

どの業界でもそうですが、何百年も伝承されてきたものには、それなりの理由がある。だから、次の世代に残して当たりまえです。それを簡単にしてしまっては、どこかでダメになってしまう。


農家でも漁師でも、手間暇かけて最高のものをつくって、「食べてください」「使ってください」と渡すことがものづくりの基本だと思います。たとえば、10日間雪の下で寝かせなきゃいけなものを3日で出したらおいしくなくなるのと同じです。

そして、最高のものをつくったら、自分が世に出ていく。つくれば売れるという時代ではありません。第一次産業従事者なら、自分たちの苦労やなぜいいものなのかを伝えるべきです。そうでないと、誰もわからないから。1人でもいいから、伝えていく。

たとえ1人にしか伝えられなくても、その1人が2人に伝えてくれるかもしれない。私は昆布の話をすると同時に、羅臼昆布を託しているんです。

私が料理人を前に話すとき、「次はあなたがたが、料理人として羅臼昆布を食卓の人たちにどう伝えるかですよ。あなたに託しましたよ」と伝えます。そうすることで、「今度は、私が伝える番だ」と思ってもらえる。

最初は浜の人たち(同業者)にも「会長、何をやっているんだよ、そんなことしなくてもいいだろう」とよく言われましたが、今では応援してくれます。

今の羅臼昆布があるのは、少しずつ活動してきた結果であり、まわりの人のサポートがあったからです。これからも最高の昆布をつくりながら、1人でも多くの人に伝えていきたいですね。

 

羅臼漁業協同組合

北海道目梨郡羅臼町船見町2-13

TEL:0153-87-2131

 

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