
寺院数日本一の滋賀県(人口10万人当たり/2018年文化庁宗教統計調査)でスイーツが人気の寺社仏閣を訪ねる短期連載。第3回は青岸寺(せいがんじ/米原市)の喫茶去(きっさこ)。住職の永島匡宏さんがお寺の中に開いたカフェだ。年間で1万人も訪れるようになったいきさつや、お寺離れが進む状況でお坊さんができることなどを聞いた。
美しい庭園が望める寺カフェ

米原市にある青岸寺は、琵琶湖の東部に点在する「びわこ百八霊場」「近江七福神」の一寺院。南北朝時代、当時の近江守護職であった佐々木道誉(ささきどうよ)によって建てられたのが始まりだ。
青岸寺の最大の特徴といえば、国の名勝(文化財の種類の一つ)に指定された庭園である。1678年に築かれたもので、観音様の住む補陀落山(ふだらく)の世界を表現。雨上がりは格別美しく、京都にある芸術大学の学習の場としても提供されているという話も納得だ。
庭園とともに心安らぐひとときを過ごしてもらうためにオープンした寺カフェが「喫茶去」。おいしいケーキやお地蔵様を描いたラテ、永島さんが淹れる「住職のサイフォンコーヒー」などが楽しめる。
「喫茶去としてオープンしたのは3年前の9月です。もともとお寺にお越しになった方にお茶とコーヒーを出していたんです。その延長でカフェをやろうと思って、とりあえず名前をつけてしまおうと(笑)。名前の由来は『お茶でも飲んでいきなさい』という意味の禅語から取りました」
永島さんは、静岡のお寺に生まれた末っ子。お寺は長男が継ぐのが一般的だ。そのため、大本山總持寺にて修行後、大阪のお寺を手伝うなどの活動をしていた際、この青岸寺に縁があって着任した。
「青岸寺は、お檀家さんがほとんどいないお寺なんです。歴代の住職も学校の先生をはじめ、住職以外の仕事と兼務していました。ぼくも7年前に着任したときは、数年間、保育園で事務の仕事をして。うちは曹洞宗のお寺なのですが、滋賀県は浄土真宗の方が圧倒的に多い。静岡県は逆で曹洞宗が多くて、お檀家さんも400~500軒、少なくて100軒あるお寺がふつうです。青岸寺は十数軒。ですから、ぼくもここに来たときはお寺を継続するために働いていました。住職はお寺で坊主の仕事をするのが当たりまえの環境で育ったので、非常に驚きましたね」
年間1000人の拝観者が1万人に!

お寺離れは全国共通の課題で、それは青岸寺も同じだった。住職がお寺にいない状態に「危機感があった」と言う永島さんは、思い切って兼業の仕事を辞めてしまう。
「やっぱりお寺に住職はいるべきだと思ったんです。その状態を達成するには、どうすればいいか? 新しくお檀家さんを増やすことはむずかしい。ぼくら世代の感覚では、お檀家さんが今後増えるという感覚はありません。ですから、年間1000人ほどだった拝観者を増やそうと考えました」
永島さんが最初に目をつけたのは、国の名勝に登録された庭園である。この庭園をできるだけ多くの方に知ってもらう取り組みを始めた。
「インスタグラムで発信するようにしたんです。目標はフォロワー数1000人でした。インスタはうまくいって、写真が好きな方を中心にフォロワー数が増えて、1年目で1000人を達成することができましたね」
Facebookを活用したり、ホームページを整えたりしながら、徐々に知名度や拝観者数を増やすことに成功。ただし、すべてがうまくいくことばかりではなかったという。
「坐禅会を定期的に開催しようと思ったんです。坐禅なら、ある程度は来ていただけるだろうと思っていました。ところがまったく集まらない。参加者ゼロが半年ぐらい続きましたね。今から考えれば、集まらないのは当然でした。坐禅会はお寺と地域のつながりが重要なんですよ。でも、青岸寺は住職がお寺にいなかったので、地域とのつながりがありませんでしたから」
米原は新幹線が停まるものの、あまり下車するところでもなく、観光客が気軽に坐禅をするということもむずかしいそうだ。
「それでも、坐禅はぼく自身の修行でもありますから、誰も来なくても続けようと。最近はやっと根付いてきて、多いときは10人、平均でも6~7人は来てくれるようになりました」
そしておととしの9月、冒頭の喫茶去オープンに至るわけだ。開業以降、年間の拝観者数は1万人と、当初の10倍にまで増加した。
「世代も幅広くなりました。それまでは庭園が好きな方が多かったのですが、今は若い人たちも、家族連れも、高齢者もお越しになります。ようやく住職としてお寺にいることができるようになって、最近は地域とのつながりを深めるイベントの企画も考えられるようになりました」
檀家制度に代わる、新しい仕組みはありえるか?

「お寺はずっとお檀家さんに支えられてきました。と同時に、何十年も前からお檀家さんが少なくなっていることも事実です」と言う永島さん。お檀家さんに頼らないお寺の存続はありえるのだろうか?
「お寺離れが進んでいると言われますが、ぼくはむしろ僧侶離れだと思っています。寺院運営をしていると、それがお坊さんのつとめだと勘違いしてしまう。でも、寺院運営と僧侶のつとめは別です。だから、あらためて僧侶本来の役割を見直すべきだ、と」
僧侶本来の役割を果たすことと、寺カフェなどの取り組みは矛盾しているようだが、永島さんは次のように言う。
「ぼくは両方やろうと思っているんですよ。お坊さんとしてお釈迦様や、道元禅師(曹洞宗の開祖)の教えをしっかり伝えていきたい。人生において悩み、苦しむ瞬間は誰にでもあります。現代社会ではそれを友人と遊んだり趣味を楽しんだり、何かで紛らわすことができます。それでも救われない人は一定数いて、仏教はそういう人たちの指針になるものだと思うんです」
その役割を果たすためには、たくさんの人にお寺に来てもらう必要がある。そして、喫茶去がその機能を果たしつつあるのだ。
「曹洞宗はむずかしい宗派だという印象があるかもしれませんが、カフェを目的にお越しいただいた方に、『坐禅会があるんだ』『こんな教えがあるんだ』と気づいてほしい。家族で食卓を囲んだときや友人といるときに、『坐禅したことある?』という会話が交わされるようになれば、すごくいいことだと思いますね」
これまでの3回でカフェがあるお寺を訪ねてきたが、まだまだその数は少ない。「10年前にカフェを開くなんて言ったら、『あそこの住職は何をやっているのか』と言われたでしょうね」と永島さんは言うが、お寺に人を呼ぶという意識はまだまだ低いのかもしれない。しかし、おそらく10年後、20年後には、カフェでなくても新しい取り組みは増えているはずだ。

■話を聞いた人

青岸寺 永島匡宏さん
■概要
喫茶去
住所:米原市米原669(青岸寺内)
電話番号:0749-52-0463
https://www.seiganji.org/
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