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  • 執筆者の写真Byakuya Biz Books

東京から世界へ クラフトビールを広める「ナノブルワリー」構想

更新日:2022年5月11日



2019年5月、東京都・中野に「ZERO LABO」というビール醸造所が誕生した。その特徴はなんといっても「40リットルからオリジナルのクラフトビールを造れる」こと。クラフトビール大手は2000リットル、中小メーカーでも300~400リットルとかなりのサイズで醸造しているが、ボリュームディスカウントはあるものの、手造りかつ原料にこだわっているため、国内ビール大手と比べれば1.5倍以上の価格になる。そんななか、「ZERO LABO」はなぜ40リットルというサイズでビールを造る醸造所をはじめたのか。そのアイデアのもとには、ある醸造家との出会いと業界への思いがあった。



小ロットでオリジナルビールを造れる「ZERO LABO」


ZERO LABOは飲食店向けのサービスで、その最大の特長は「オリジナルのクラフトビールを小ロットから仕込めること」です。規模が小さい醸造所をマイクロブルワリーと言いますが、ZERO LABOはそれよりもさらに小規模のナノブルワリーですね。

お店の料理に合わせて、あるいは自分好みの味わいにするなど、ビールのタイプ設定は自由自在です。そのお店でしか飲めないビールが醸造できるので、飲食店にとって集客の武器になります。ただ、今まではロットや採算面から、気軽に取り組めるものではありませんでした。

国内のビール大手はもちろん、有名なクラフトビールメーカーも、タンクのサイズは当社より10倍以上の大きさで、1店舗では消費できないような量ができてしまう。

その点、ZERO LABOでは40リットルから造ることができます。この量であれば、どんなに小規模な飲食店様でも1週間で売り切ることができます。

能村

小ロットなので、一般的なクラフトビールより値は張りますが、お店のオリジナルビールを造りたいという要望は多いですね。この「小さいロット」には需要があると感じています。

先日、昼は乾物屋、夜は立ち飲み屋を営んでいる築地のある会社から依頼され、お店で扱っているかつおぶしを使った出汁ビールを造りました。


柴健宏さん(右)と、能村夏丘さん(左)

ZERO LABOではオリジナルビールの開発をただ請け負うだけでなく、ビール醸造を体験していただくこともできます。ビールを造ることで得られる学びは非常に大きいです。自分たちで企画し醸造したビールには思い入れもありますので、熱意をもって自分の言葉で説明できるようになります。

その結果、ビールを語ることができるお店のスタッフが増えて、スタッフのモチベーションも上がるし、お客さまも醸造の話を聞きながら飲むことができる。それがお店の特色にもなるし、リピーターを増やすことにも繋がります。

また、私たちがビール醸造をはじめたことで、ブリューパブ(ブルワリーパブ/醸造所付きレストラン)を開業したい飲食店にノウハウも提供できるようになりました。

最近では、都内を中心に60店舗近く展開されている魚金(うおきん)が渋谷に出店するお手伝いをしました。具体的には、醸造所の設計、醸造設備の調達コーディネート、醸造免許の取得、醸造家の育成、オリジナルビールのレシピ提供、原料の調達、税務申告までをサポートしました。

とはいえ、事業としての採算を考えれば、ZERO LABOの「小ロットでオリジナルビール」は理にかなっていません。では、なぜこうしたサービスをはじめたのかといえば、飲食店のご繁盛を応援するためであり、飲食店のご繁盛が結果的に柴田屋グループの成長にも繋がるからです。


ZERO LABO。「LABO」とあるように実験的な小仕込みを行い、今までにないクラフトビールを生み出している



酒類卸売業である柴田屋酒店と、醸造家の出会い


柴田屋酒店は「ワイン」「ビール」「日本酒」を中心とする酒類の業務卸として、首都圏を中心に3000軒以上の飲食店にお酒を卸しています。

卸売業はメーカーから仕入れたものを飲食店に卸すわけですが、自社ならではの付加価値を与えることがむずかしい。たとえば、「樽生ビール」は、どの酒屋から買っても同じものが納品されます。その結果、どうしても価格競争になりがちですが、値引きには限界があります。

そこで、15年ほど前から「価格」ではなく「価値」で飲食店を応援できる方法を考えてきました。その中で見出したのが「酒屋としての専門性を極め、知識や情報、学びを提供する」ということです。

具体的には、ワインの提案力を上げるため、社員がソムリエ資格(現在有資格者は32名)を取得するために経済的支援をしていますし、「正しい日本酒の知識を世界に広めるため」に設立した社団法人ジャパン・サケ・アソシエーション(JSA)が発給する資格「サケ・エキスパート」の取得にも、会社から援助があります。

ZERO LABOもこのような背景から生まれました。ワインや日本酒での取り組みを進めながら、ビールでできることも模索していた中で、自分たちで醸造しようという考えに至ったんです。ビール醸造を通じて私たちも学ぶことができますし、情報も発信できるようになります。

ただ、醸造に関する知識はほとんどありませんでしたから、日本国内におけるブリューパブのパイオニアである能村に声をかけたわけです。


柴田屋酒店。1935年の創業以来、飲食店への酒類の卸売をベースにした事業を展開。バンコク、ミラノ、ニューヨーク、ソウルに拠点を構え、海外展開も積極的に進める

能村

僕はもともと麦酒企画という会社を10年前に立ち上げて、高円寺や阿佐ヶ谷、荻窪、中野など8カ所で「ビール工房」というブリューパブを経営していましたが、3年前に声をかけてもらい、柴田屋酒店と業務提携という形で一緒に仕事をするようになりました。

今は柴田屋グループの一員として、ビール関連の事業はすべて麦酒企画が担当しています。自家製ビールの製造・販売やブリューパブの経営、そしてZERO LABOもその一つです。

能村がブリューパブを経営していることは知っていましたが、相談がてらいろいろな話をしていく中で、彼がとてもおもしろい考えをもっていることがわかったんです。その一つが「街のビール屋さん構想」です。



それぞれの街に1軒ずつ醸造所をつくる「街のビール屋さん構想」


能村

クラフトビールを造る人のほとんどは、「自分のビールをたくさん造りたい」「有名にしたい」、大手化、つまり「第5のビールメーカーになりたい」という夢を見ています。

その足掛かりとして、最初は小さく、醸造所とちょっとしたおつまみを出すパブでスタートし、利益が出てきたところで、醸造所を大きくしていくというやり方が普通です。そうして収益性が上がり、ブランドも認知されていく。でも、僕はそれに興味がありませんでした。

僕が10年前、はじめて高円寺にお店を出したときからずっとこだわっているのは、「品質と文化」なんです。ビールの鮮度を追求したとき、その場で造ってその場で飲めることが一番おいしい。工場見学で飲むビールってすごくうまいんですよ。


本社1FにあるTasting BAR 柴田屋酒店 本店。出来立てのクラフトビールを楽しめる

大手メーカーは莫大な投資をした設備でパッケージングしていますけど、それでも、缶になって店頭に並ぶ頃には味が変わっています。ましてや、今からはじめる自分が大手と同等の設備を入れられるはずがないし、劣化のスピードだって早くなります。瓶ならもっと早い。

ビール市場は縮小しており、大手4社がしのぎを削っています。そんなところで争ってもビール文化を広めることには繋がりません。それよりも新しい市場、新しいチャンネルを開拓していくほうが業界発展に貢献できると。

そのためには、大手メーカーとバッティングしないことをする、つまり、真逆のことをしなければならないと考えました。大手メーカーの手法はいわゆる大量生産です。だから、流通させないことを選びました。毎日が工場見学で、お客さまが飲みに来てくれればいいなと考えたわけです。

こういった考えから、あえて商圏を狭くしました。高円寺店のターゲットは、高円寺の人で、ローカル率は90パーセント。これが「街のビール屋さん」です。続いて阿佐ヶ谷、荻窪と、各町に1店舗ずつ出店してきました。


一般的な話でいうと、ブリューパブをスタートして、2店舗目、3店舗目と展開する際に少し大きめの醸造所をつくります。自分の店舗用だけですと、小ロットになりコストが高くつきます。

したがって、大きめのタンクでたくさん造ればコストが抑えられ、自分たちの系列ブリューパブに送ることもできるし、他のビアパブに卸すこともできる。ブルワリーとパブを併せた事業で展開していくことが多いんです。

でも、能村が8店舗まで展開したブリューパブでは、各店舗でビールを醸造しています。普通は一カ所で造って各店舗に振り分けた方が効率的なのに、そこで造ってそこだけで売っている。一般的な流れとは真逆に振り切ってしまっているんです。


クラフトビールに欠かせないローカル性。能村さんは「僕はローカルを関わりや繋がりという意味で捉えています。たとえば、高円寺は阿波踊りが有名ですけど、阿波踊りといえば徳島県が本家本元です。だから、徳島県産のすだちを使わせていただくとか。ここに、僕らなりの個性の出し方、ストーリーの打ち出し方があると思っています」と語る

能村

文化的な側面から考えても、街に1軒、醸造所があるってステキだと思うんです。休日に本を片手にフラッと立ち寄れる街のビール屋さん。今、モノづくりの文化はどんどん失われていて、それにともない個性もなくなってきていますよね。僕は板橋生まれなんですけど、最寄り駅もその隣の駅もどんどん同じ姿になって、アイデンティティがなくなっていることに危機感を抱いていました。

ビール造りにおいて、能村という個人は重要じゃありません。僕は100年後にはいませんけど、街の人たちが休日にフラッと立ち寄れる醸造所、ふるさとのビールを味わう楽しみは100年残るはずです。そして、それが街の個性にもなる。

現在、僕らが運営するブリューパブは8店舗ありますが、住宅地にもあればオフィス街にもあるし、デパートや歓楽街にもあります。街らしさもあれば、エリアらしさ、物件らしさだってある。

たとえば、新宿店は西新宿という超高層ビルが立ち並ぶエリア(新宿野村ビル)にあります。西新宿の人たちは街の住人というよりは通勤・通学者です。どこから入ってくるにしても、自分が毎日通っている大事な場所です。ですから、新宿店はいかに野村ビルの人たちに愛されるかが大事なわけです。

将来的には、世界中のあらゆる街に個性をもった醸造所、つまり「街のビール屋さん」をつくっていきたいんです。


ZERO LABOから醸造技術と文化を創っていく


能村

単に、直営のブリューパブを増やしていくことには限界があります。店舗数が増えていくと、良くも悪くも会社っぽくなっていきます。チェーン店のようにルールで縛りたいわけではありませんが、野放しにしてしまうと経営が傾いたり、醸造技術やサービス、フードのレベルが落ちてお店の評判を落としてしまう。

ですから、ZERO LABOを通して、他の企業や個人の方が街のビール屋さんになることを応援しはじめているわけです。ZERO LABOはナノブルワリーですから、少量からいろいろなチャレンジができます。その結果、それぞれの街で、それぞれの文化が醸成されれば、多様性も出ていいと思う。

商売はブランディングと販路がとても大事なんです。販路がないのにゼロからビールを造りはじめると、すべて売り切るのがとても大変です。その点、能村は自分のお店が売り場でしたし、柴田屋酒店は卸売業として、すでに3000軒以上の取引先があります。

この柴田屋のネットワークを使いながら、クラフトビールのファンをどんどん増やしていく。自分たちが仕入れたものを販売するだけではなく、市場そのものを広げていきたい。

ZERO LABOのZERO(ゼロ)には「0から1を生み出す」、そして、LABO(ラボ/研究所)には「実験する」という意味合いがあります。ここから新しい醸造の技術も、文化も創っていこうという思いがあります。ZERO LABOそのものの価値を高めるためのブランディングも必要です。

そのためには木を見て、森を見て、また木を見て、森を見る。このくり返しが必要です。つまり、自分たちが今行っていることを見ながらも、クラフトビール市場や世の中の動きにも注目する。


ビールの味をブラッシュアップしたり、突き詰めることはもちろん大事で、ZERO LABOで「これまでにない、新しいビール」も開発していきます。


新商品開発に向けて既に100仕込み以上実施。テスト醸造し、成功したものは直営8店舗で販売。店舗ではすべて「売りもの」の醸造が前提となるため、これまでは挑戦しにくかったことも小ロットなら可能に

一方で、そもそもマーケットで必要とされているかどうかは、森を見てみないとわからないし、醸造家の独りよがりではいけません。よかれと思ってやっていることが、誰も幸せにしなかったら意味がありませんよね。

これからもおいしいビールを追求していきますが、それはビール工房のコアファンをつかみたいわけでもなく、自分たちの看板ビールを造りたいわけでもない。外食市場が縮小している中、ビール好きだけに目が向いてしまうと衰退していくばかりです。10年後、20年後に生き残っていない。

自分たちがクラフトビール業界にたずさわった以上は、業界を良くしていかなければならないという責任を負っていると自覚し、ZERO LABOの取り組みをどんどん広げていきたいですね。

 

ZERO LABO

東京都中野区中央5-3-11-1F

TEL:03-5937-5171

営業時間:9:00~18:00

定休日:不定休

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