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執筆者の写真沖 俊彦

クラフトビールのマーケットシェア1%は本当か?

更新日:2022年4月29日



クラフトビールの現在地を探る本連載、第4回はクラフトビールのマーケットシェア1%という言説について。クラフトビールの専門家であるCRAFT DRINKSの沖さんならではの視点で掘り下げていただきます。さまざまなデータの検証からわかる数字の実態、そしてクラフトビールを語る際に求められている態度とは?



「クラフトビール業界は成長している」から参入のチャンス!?


 昨今の人気を反映してか、「クラフトビールが成長しているので新規参入をしましょう」と宣伝しているコンサルティング会社も出てきました。大手ビール会社が発売しているクラフトビールと呼ばれるものの記事を見てみると、昨年対比180%と書かれていたりします。グラフも付いていてその数字になんとなく説得力を感じたりもしますから「あぁ、クラフトビールは今人気で流行しているのだな」と思う方も少なくないでしょう。今参入すればイケると考えるのも不思議ではありません。


 ところで、本連載の第1回で指摘したとおり、クラフトビールは現象であり、その語もしくはその概念の指し示すところは一意ではありません。どのような人間がどのような立場からまなざしを向けるかによってその評価、意味は変わります。そのため、本来各人がクラフトビールに対して主体的に感じ、考えていかねばならないのですが、私たちは日々忙しく暮らしていてクラフトビールなどというものに意識やリソースを割けずにいるように思います。現代社会は複雑で、すべての事柄について知ることはできませんから、確からしい人の確からしい言説に寄りかかりたくなるのは自然なことです。


 しかしながら、その言説がどのような意図で発されたものかについて考えてみるのも悪くはないでしょう。「クラフトビールが成長しているので新規参入をしましょう」と喧伝する人の言うクラフトビール、昨年対比180%伸びたクラフトビールはもしかしたら私たちが考えているクラフトビールとは違うかもしれない。


 このような問題意識のもと、今回は「クラフトビールのマーケットシェア1%」について考えてみたいと思います。雑誌やインターネットの記事でクラフトビールのマーケットシェアは約1%だとか、1%を超えたと言われ、そのような言説に触れたことのある方は多いと思います。


 しかし、その根拠が示されないまま議論が進んでいるように見えます。とりあえず1%だと聞いているのでなんとなくその前提で話を進めている気がしてならないのです。1%であるということは何かを分母にし、クラフトビールを分子にして計算したということですから、ここでいう分母は何なのか、誰のどういう視点によるものなのかについて確認しておくほうが良いと思います。



クラフトビールのシェア1%を疑うべき3つの理由


 第1回で示したとおり、「こだわり」とか「個性」というような情緒的な条件によるクラフトビールでは収集がつきません。これらは主観的な話であって客観的指標ではありませんから、データ収集に使用するのはふさわしくない。そこで私なりにこれまでいろいろと調査してきました。そこでわかったこととして、おそらく約1%というのは国税庁のデータを根拠にしたものだと考えています。


 国税庁の言う地ビールとは、地ビール製造免許場(者)数の推移(※1)で書かれている「平成6年4月1日以降ビールの製造免許を取得した製造場(者)で、大手ビールメーカー(5社)及び試験製造免許に係る製造場(者)を除いたもの」で、ざっくり言えば非大手すべてということになります。



 これをふまえて地ビール等製造業の概況(平成30年度調査分)(※2)を見てみましょう。その6ページ目に「大手5社と大手5社以外の製成数量」が示されています。その説明には「大手5社と大手5社以外の製成数量を比較すると、大手5社以外の製成数量構成比はビールで1.1%、発泡酒で0.5%、合計で1%となっている」とあります。前者が3,233,178kL、後者が31,666kLで、大手5社以外のものの割合が約1%です。



 また、1%を超えたというもう一つの根拠は令和3年度 税制改正(租税特別措置 )要望事項(※3)によるものだと推察します。「地ビール製造者の事業参入の促進及び経営基盤の強化」を目的に酒税減免措置の延長を求めていて、その適用実績と効果に関して具体的な数字を挙げています。平成30年度のビール課税移出数量および地ビール課税移出数量は前者が2448千kL、後者が31千kLです。割合にして約1.27%となります。



「おお、クラフトビールは確かに1%あって伸びているんだなぁ」と結論づけるのはもう少しだけ待ってください。これらはあくまでも国税庁の視点で見た地ビールの話であって、私たちの認識と異なっている可能性があります。特に注意しておきたい点を3つ挙げます。


 第一に、酒販業界でビール類と言う場合、いわゆる新ジャンル(第三のビール)も含みます。上記の分母にこれが含まれていないので、ビール類全体から見た割合ではありません。あくまでもビールおよび発泡酒における割合です。平成30年度には酒税法上のリキュール、スピリッツはそれぞれ1,975千kL、557千 kLの課税数量があり、このうちの相当数がビール類に含まれるはずですから、新ジャンルを含むビール類を基準にした場合、割合は下がるはずです。1%未満になる可能性は大いにあります。


 第二にインポートビールが一切含まれていないことです。私たちの多くは2010年代からアメリカンクラフトビール、特にIPAに触れてクラフトビールというカルチャーを知りました。上記の数量は国内製造品のことであり、輸入ものはカウントされていません。税関ではクラフトビールなのかそうでないのかは区別しないので税関通過分の数量だけ見ても海外大手のものなのか中小のクラフトブルワリーなのかは判然としません。世間の様子を見るかぎり、アメリカのクラフトビールがシーンを牽引している感覚があり、実際かなり消費されていると思われるのですが、これを無視して国内品に限って約1%とか1%を超えたという前提で議論して良いのかという問題があります。


 最後に分母の縮小についてです。酒離れが叫ばれて久しく、お酒の消費量は年々落ちています。ビール類は大きく影響を受けていて市場規模は17年連続で縮小していますから、これに伴って年々分母が小さくなっているのです。となると、クラフトビール側が前年を維持できれば分母が小さくなった分勝手に割合は上がります。数字を追いかけると確かに非大手の出荷分は年々増えているのですが、大手の減少は多いので非大手側の増産よりも数値にインパクトを与える可能性も考慮しましょう。



クラフトビールを語るときに必要な態度とは


 醸造所の経営状況についても少し触れておきましょう。本連載の第2回で醸造所が増加していることを示しました。ただ、すべての事業者が黒字経営できているわけでもないことも証明されています。国税庁発表の地ビール等製造業の概況によると「企業全体の税引前利益(ビール・発泡酒事業以外の事業を含む)を見ると、前年度調査(H29)と比較して、企業全体に占める欠損企業の割合は増加しており、低収益企業(税引前利益額50万円未満の企業)を含めた割合も増加している」としており、40.3%が赤字です。


 ビール・発泡酒事業に係る営業利益に限って見ても年々割合が減少しているとは言え31.4%が赤字となっています。過半数が黒字なのでおおむね好調と見ることも可能ですが、2020年から始まる新型コロナウイルスの蔓延以後のデータはまだ出てきていないのでこの数字もすでに古い、もしくはマーケット環境の変化によってあまり参考にならないものになっている可能性も否定できません。肌感覚として流行しているような気がするのですが、少なくとも好調な企業ばかりでもないということは言えそうです。


 クラフトビールがマーケットシェア1%を超え、成長市場なのかどうかはデータの取り方次第、解釈次第でいかようにも言えてしまいます。条件を確認しておかないとだいぶ印象の異なるものになりますからざっくりとクラフトビールが流行っていそうだという雰囲気に飲み込まれないようにしたいものです。


 今回いろいろな数字を挙げて論じてきましたが、私はこれをきっかけにビールとメディア、ジャーナリズムとの関係について考えました。ビールを主題にした場合、メディアには大きく3種類の記事が出ると考えられます。事実の報道、事物に対する意見論評、そして販促を目的とした広告の3つですが、これらを明確に区別することは難しい。前者2つはメディアにとってあまりおいしい商売にはなりませんから、後者が氾濫しがちであるのはいたしかたない部分もあるでしょう。


 しかし、多額な広告費をかけられるのはそれなりの規模以上の会社であり、そちらの都合を優先すると全体ではなくごく一部のみに焦点が当たります。その結果、誰かの見せたいクラフトビール像ばかりになって本来多様であったはずのクラフトビールという現象を歪で一様なものへと誘導する危険があるのではないかと心配になるのです。


 クラフトビールが現在進行形のアグレッシブな動態であるからこそ、それを切り取る際は誠実でていねいな語りとそこから発生する対話を大事にしたいものです。そして、喧々諤々やることが一時のバズワードから確かな文化へと昇華する過程で必要であり、結果シーンに深みを与えるのだと信じています。

 

沖俊彦(おき・としひこ)

CRAFT DRINKS代表

1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算750本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。


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