『誰のためのデザイン?』
著者:D. A. ノーマン/翻訳:岡本明、 安村通晃 ほか
出版社:新曜社/ISBN:9784788514348
経営にはデザインの概念が必要であることに気づく1冊
デザインは誰のためのものか? それはデザイナーではなく、使い手であり、その使い手に近い位置にいる人のためのもの。そこにデザイナーの主張が入る隙間はありません。
著者のD・A・ノーマンは本書で、「優れたデザインは、当たり前のように使うことができるように製品に溶けこんでいる」という原則を、ドアや冷蔵庫、ミシンやファミコン(NES)、また旧式のコンピュータなどの実例を交えながら解説します。そして、ユーザーの行動心理からも分析を行い、最終的にはユーザー中心のデザインが重要であるとして、7つの原則を提案します。
ユーザー中心のデザインとは、ユーザーがミスせず、望み通りに使うことを可能にする――つまり、その使い方を正しく見つけられるデザインのことです。
そうしたユーザーの行動心理をデザインが誘導するのであれば、人を束ねる経営、マネジメントにこそ行動心理のコントロールが必要であり、デザインの概念が必要であることに気づくことができます。
業務や仕事でヒューマンエラーが起こったとき、複数人で確認するようにするのか、または根性論を展開するのか、多くの試行錯誤があるでしょう。しかし、正しい方法を見つけられる、またはミスする選択肢が存在しない指示や業務マネジメントが必要で、それこそデザインが担う思想なのではないのか。ゆえにノンデザイナーこそが、またマネジメント職こそが、デザインという概念を学ぶ必要があると気づかされるのです。
本書には、「制約により操作を促すことができる」というエピソードがあります。たとえば、大きさの違うネジを使えば組立順序を示すことができ、ネジはこちらに頭が見える方向を向くという情報から向きを判別することができる。
社員に経営者視点を持ってもらうといった論が一時流行りましたが、それは選択肢を限りなく多く持つ、判断をさせるということです。組織が自主的に動くということはそれとは逆で、制約をつくる、選択肢を極力省くということではないかと思います。
頭の中をシンプルにする。それにより、大多数の人間が判断を各自行うことができ、行動することができる。個人の判断が個人の動きとなり、連なり、初めて組織が動く。そうでないと、大多数が経営者視点など持てるはずがないし、持てるスタッフはさっさと独立するでしょう(笑)。選択と決定は労力が大きいし、そもそも選択の時期にいることに気づかないことすらあります。
最近、訳あってサッカー、特にJリーグにかぶれているのですが(笑)、ヴィッセル神戸にアンドレス・イニエスタというスペイン人のサッカー選手がいます。世界最高の選手の一人で、彼の長所は山ほどありますが、専門家が言うに「最後の最後で判断を変えることができる」ことだそうです。普通のプレーヤーは、右にボールを蹴ろうと思ったら、そうしか体を動かせません。
ところが、彼は蹴る直前に「いや、別のプレーのほうが良い判断だな」と考えて切り替えられる。ギリギリのタイミングでの判断なので、相手は対応できません。前述のように、大多数の選手はその判断ができません。それならば、考えずに行動できる指針があったほうがいい。それは「ボールが来たら前に蹴る」でもいいですし、「10秒ドリブルしたら左にパスする」でもいいのです。余分がない指示があれば、判断に迷うことがない。それはスピードと正確性に変わり、ミスは少なく、組織として動く。これがゲームデザインなのだと思います。
本書はもともと1990年代に書かれたもので(増補改訂版が2015年に出版)、著者の想像を超えた未来からさかのぼって読むおもしろさもあります。今のクラウドサービスや、IoTの登場を本文中で予測しており、その慧眼に驚きます。SFの古典を読んでいるような、20世紀に想像する21世紀が、正確な予測で散りばめられているのを読み解くのも一興です。また10年後にその観点で読んでみたい。
他人にどう動いてもらうか、動機づけをどうつくっていくか。または自分がどう動いていくか、気持ちに火をつけるか。行動心理学や認知行動学を概論から学んでいくと、途方もなく抽象的でわかりにくかったりするのですが、デザインという概念やデザインされたプロダクトを例にひも解いて解説されている本なので、すごく理解がしやすい。
ガジェットやAppleが好きな人はもちろん、ヒューマンエラーの改善に悩んでいるマネジメント職、失敗ばかりしてへこんでいる人――そんなノンデザイナーにこそ読んでほしい1冊です。
山﨑昌宣(やまざき・あきのり)
株式会社シクロ 代表取締役。大阪市西成区、ドヤ街で有名なあいりん地区を中心とした地域で、介護、医療サービスを包括的に提供する株式会社シクロを経営。地域に居住する障害者の就労を支援する事業も手がけており、その一環として2018年にクラフトビール醸造所「Derailleur Brew Works」の運営を開始。2021年には新工場を設立し、クラフトジンの蒸留も予定。醸造量を12倍に増やし、Jリーグチーム「セレッソ大阪」のオフィシャルビールの提供や、缶ビール製造による流通網拡大で国内外への販売を目論む。そのほか、2020年よりコロナ禍で苦しむ障害者、飲食店舗などを支援する基金「ビア・コンティニュー」を設立。合計500万円超がクラウドファウンディングにより集まり、多くの対象者の元に届けられた。
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