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横須賀のカフェバーが超人気店になるまでの失敗と修正

  • 執筆者の写真: 編集部
    編集部
  • 3月21日
  • 読了時間: 6分

更新日:4月19日


特別な才能もアイデアも不要。新しいことはせず、すでに成功しているビジネスを「マネて、少しズラす」。それが、村上学さんが提唱する凡人のための起業の方法論です。本記事では、村上さん自身の起業経験を紹介します。強みも場所もそろえたはずが、3カ月売上が上がらない……その原因はベンチマークの選び方にありました。どのように修正して超人気店にたどり着いたか、さらにそこで得た人脈をもとに次の事業を立ち上げるまでを解説。「新しいことをしない起業術:成功例から逆算して「マネる→ズラす」で勝つ」も合わせてご覧ください。



強みも場所もそろった。それでもうまくいかなかった


村上さんは登山のコーディネート業で起業し、これまで飲食・不動産など複数の事業を展開してきました。その中の一つに、「カフェオリジナルベース」というカフェバーがあります。「登山は体力勝負。体が動かなくても成り立つ商売をつくろう」と考えて選んだビジネスだとか。

 

「当時の私の強みはバックパッカーで培った草の根の海外経験でした。外国人と自然に交われる、英語が通じる環境で働ける。その強みを活かすなら、外国人向けの事業が勝ち筋だと考えたんです」(村上さん)

 

村上さんが最初に思い描いたのは外国人向けのゲストハウス。しかし旅館業法などのハードルが想定以上に高く、断念。次の選択肢として、カフェバーに変更しました。場所は横須賀のドブ板通り。米軍基地のエリアに位置する商店街で、米軍関係者が多く訪れる土地です。中学・高校時代を横須賀で過ごしていたので、土地勘もある。ターゲットは軍人や大使館勤務の外国人。強みと商圏がリンクしていました。

 

しかし開店から3カ月が経っても、売上はかんばしくありませんでした。

 


問題はベンチマークの選び方にあった


なぜ、うまくいかなかったのかーー村上さんは次のように振り返ります。

 

「当時流行していたのは、スタンディングスタイルのカフェバーでした。私はそのモデルを参考に、有楽町のカフェバーをベンチマークとして選び、エッセンスを抽出してドブ板通りに持ち込もうとしました。しかし冷静に考えると、有楽町の顧客とドブ板通りの顧客はまったく異なります。有楽町のカフェバーは仕事帰りの会社員を相手にした「利益率が低くて高回転」のモデルです。一方、ドブ板通りの米軍関係者は、そういう使い方をする客層ではありません」

 

どれだけ忠実にコピーしても、ズラし方を間違えていたら意味がありません。完コピの精度の問題ではなく、そもそも参照するお手本が商圏の顧客層とかみ合っていなかった、というわけです。強みと商圏のリンクは合っていた。しかし、ベンチマークがその商圏とかみ合っていなかった。「完璧だ」と思っていた設計の中に、見落としがありました。

 


場所は変えず、ベンチマークだけを選び直した


店舗を構えてしまった以上、場所を変えることはできません。ならば、この商圏に合ったベンチマークを選び直すしかない、と村上さんは考えました。そして冷静に周囲を見渡したとき、あることに気づきます。米軍基地の中にも飲屋街はある。基地の中で成立している業態を、基地の外に持ってくればよかったのです。

 

そして新たにベンチマークとして選んだのは、オフィサーズクラブ。オフィサー(士官)以上しか入れない、高単価のバーです。利益率を高めにした業態に転換し、見せ方を変えてリニューアルしました。変えたのはベンチマークだけです。場所も、強みも、ターゲットの方向性も変えていません。結果、リニューアル後のお店は超人気店になりました。

 

「ここで起きたことを振り返ると、とてもシンプルです。最初のベンチマーク(有楽町のカフェバー)は商圏の顧客層と合っていなかった。選び直したベンチマーク(オフィサーズクラブ)はドブ板通りの顧客層と一致していた。それだけのことでした」(村上さん)

 


成功体験が、次の事業の参入障壁になった


カフェバーが軌道に乗って半年後、村上さんは新しい事業を立ち上げました。オフィサーズクラブをベンチマークにしたことで、カフェの顧客は米軍のオフィサーたちになっていました。そこで築いた人脈とオフィサーたちのリストをもとに、米軍専門の不動産賃貸業を始めたのです。

 

なぜ不動産だったのか。横須賀海軍施設を母港とする原子力空母の関係者の転勤先は、サンディエゴ・シアトル・横須賀・3都市に絞られます。2〜3年おきに転勤があり、そのたびに入居先が必要になる。リストが常に活かせ、回転率が高く、需要が安定している市場です。

 

さらに、参入障壁が自然に機能しました。米軍は賃貸住宅に一定の設備基準を設けており、基準を満たさない物件は弾かれます。つまり基準をクリアした物件を作らなければならないのです。さらに基準は年々変化し、米軍査定官からの情報もマストになる業界です。結果として競合が簡単には入り込めない。

 

ここで行ったのは、顧客を「米軍オフィサー」に絞り込むタテズラしです。米軍向けの不動産賃貸業をベンチマークにしながら、顧客層を細分化することでオフィサー人脈という強みを活かし競争力のある会社をつくりました。カフェで得たオフィサー人脈と米軍住宅特有の設備基準という2つの参入障壁が、この事業を支えています。

 


この経験から言えること


失敗の原因はシンプルでした。「完コピ→1点ズラし」という手順は正しかったものの、ベンチマークの選び方を間違えたわけです。ズラし先の商圏と、ベンチマークの顧客層がかみ合っていなかったわけです。

 

「修正のきっかけは、売上が上がらないという事実を3カ月で素直に受け入れたことです。『もう少し続ければ、変わるかもしれない』という感覚は正直ありました。ただ、手順どおりに『何が間違っているか』を点検したとき、ベンチマークの選び直しという答えが見えました。そしてもう一つ、実感として言えることがあります。一つの事業で積み上げた人脈や信用は、次の事業の土台になります。カフェバーで高官たちと築いた関係が、不動産事業の核心になった。稼げるようになったら、外から簡単に真似できない強みを作ることを考える。それが、次のステップですね」(村上さん)



【話を聞いた人】

村上 学(むらかみ まなぶ)さん

株式会社オリジナルベースキャンプ代表取締役

明治大学卒業後、新卒でIT企業に入社し1年後に株式会社オリジナルベースキャンプ(会員制の登山コーディネート業)を設立。その後、日本初の自衛隊・米軍高官専門カフェバー、米軍専門不動産賃貸業のほか、東洋のストラディバリウスとして名高いバイオリン工房「Jin工房」の営業権を獲得し世界中で展開。さまざまな会社を所有する投資家であり、世界を10周以上している現役のバックパッカーでもある。

 
 
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