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「自分が消えてなくなること」が恐ろしくて仕方ない。死の恐怖とどう向き合えばいい?|カレー坊主のお悩み相談

  • 執筆者の写真: カレー坊主
    カレー坊主
  • 11 時間前
  • 読了時間: 5分

【カレー坊主のお悩み相談 #07】今回の相談は、自分がいつかいなくなることが恐ろしく、「この世から自分という存在が消滅してしまうこと」が怖くて仕方ないという切実なお悩みです。看護師として日々いのちと向き合いながらも、自身の死に怯えることへの葛藤。カレー坊主さんが、「死ぬのは僕も怖い」と同じ目線に立ち、浄土宗の教えである「三種の愛心」をひも解きながら、恐怖の正体に輪郭をつける方法について答えます。



【相談】

小さい頃より死ぬのが怖く、夜になると不安になります。看護師という仕事をしているため、人の死というものに関わる機会は多いのですが、それでも自分が年老いていずれ死ぬことが恐ろしくて仕方ありません。「死ぬことの何が怖いの?」と聞かれると難しいですが、端的に言うと「この世から私という存在が消滅して何も残らないこと」が怖いです。私が感じている愛、幸せ、学びなどのすべてが私の肉体とともに消滅し、この地球上から消え去ることが恐ろしいです。突き詰めると、この世への執念が原因の恐怖だと思うのですが、この恐怖と上手に付き合っていく、あるいは克服するためには、どのように考えれば良いのでしょうか。50代の両親に相談したところ、生きていればそのうち生きることにも疲れてきて、死ぬことが怖くなくなるとアドバイスされましたが、未来のことは自分ではわからないため不安なままです。20代、女性、看護師ごまだんごさん



【希望する回答の「辛さ」】

お任せ



【カレー坊主さんの回答】

ごまだんごさんへ


死ぬのが怖い。

僕もです。


怖いものは怖い。夜、布団に入って目を閉じた瞬間、「いつかこの意識が永遠になくなるのか」と思うと、心臓がきゅっとなる。42歳でもなるんですよね、これが。怖くて当然じゃないでしょうか。


ごまだんごさんは看護師として日々いのちと向き合っていて、それでも自分のことは怖い。矛盾でもなんでもないし、むしろ誠実だと思います。


「この世への執念が原因」と書いてくれましたよね。それは、原因じゃないと思うんです。生きている人間は生きていたいと思う。当たり前のことではないでしょうか。


浄土宗に「三種の愛心」という教えがあります。人がいのちの終わりを迎えるとき、三つの愛着が起こる、という話です。自分の身体への愛着。この世界への愛着。そして、大切な人と離れたくないという思い。ごまだんごさんが書いてくれたこと、そのままなんです。


しかもこれは、乗り越えるべきものではなく、人間に自然と起こるものとして伝えられています。1400年前に善導大師というお坊さんが、すでに名前をつけてくれていました。同じ恐怖を抱えた人が、昔から数えきれないほどいた、ということだと思います。


ただ、この恐怖をすぐにきれいサッパリ消す考え方を、僕は持っていません。42年生きて、僧侶として20年近くやってきても、持っていない。逆に「こう考えれば怖くなくなりますよ」と言える人がいたら、その人のことは少し疑ったほうがいいと思います。


解決はしません。でも、恐怖に飲み込まれないようにする方法はあります。


「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉があります。怖い怖いと思っていたものの正体を見たら、枯れたススキだった、という話です。もちろん、ごまだんごさんの怖さは、枯れ尾花じゃないかもしれません。でも、見てみないとわからない。


恐怖を紙に書き出してみてください。「死ぬのが怖い」と書いて、なぜそれが怖いのか、なぜなぜとたどってみる。


「消えてしまうのが怖い」

「感じてきたものがなくなるのが怖い」

「自分が体験できなくなるのが怖い」


書き出すうちに、怖さの中身がわかってきます。たどっていくと、たぶん最後はこうなります。


「じゃあ、今やっていることに何の意味があるんだろう」と。


自分からあえて怖い場所まで行く作業です。実はお釈迦さまが出家したのも、まさにそこからでした。何不自由なく暮らしていた王子が、老いる人、病む人、亡くなる人を目の当たりにして、「だったら今の生活は何なのか」と問い始めた。


仏教はまさにそこに焦点を当てた教えです。ごまだんごさんが夜中に布団の中で考えていることは、仏教が2500年向き合い続けてきた問いと同じものなんです。ぼんやりした怖さより、輪郭のついた怖さのほうが、少しだけ抱えやすい気がします。


そして浄土宗では、いのちの終わりを消滅ではなく「往生」と言います。お浄土に生まれるということです。「私」は消えるんじゃなくて、生まれ直す、という見方です。


自分の身体が惜しい、この世界と別れたくない、大切な人と離れたくない。その思いを抱えたまま旅立っていく人のところに、阿弥陀さまが迎えに来てくださる。その怖さを、死の間際に光で払い除けて引き受けてくださる。そう伝わっています。


信仰の話ですから、信じる、信じないはごまだんごさんが決めることです。こういう考え方を持っている人間がここにいる、と思っておいてもらえたら嬉しいです。


そして、最後に。


死ぬのが怖いのは、生きることに本気だからです。無理やり楽しいことに意識をむけて、目を逸らすよりも誠実な生き方だと思います。


死についての仏教の教えはたくさんあります。本でもいいし、Xでも何でもいい。いろいろなものに触れてみてほしいんです。何かがスパッと解決するというよりは、じわじわと、コトコトと煮込むような気持ちで。それが一つのヒントになるかもしれません。


僕も怖いです。一緒に怖がりながら、生きていきましょう。重たくなったらまた来てください。



【答えた人】

カレー坊主

浄土宗僧侶/一般社団法人仏教カレー協会 理事

1984年生まれ、長崎県大村市出身。一般家庭に生まれ育ち、大学を卒業後すぐに縁あって僧侶の道へ進み、2008年に浄土宗教師となる。現在、 浄土宗長安寺(長崎県大村市)に勤務。誰もが気軽に参加できる無料イベント「いきなりカレー」や、地域の子ども食堂の運営にも参加し、地域社会と仏教を結びつける活動に力を入れており、カレー好きな僧侶 「カレー坊主」として、SNSを通じて日々の活動や仏教をユーモアを交えながら発信している。好きな言葉は「とりあえず、やってみる」。著書に『カレー坊主が教えてくれた みんなの仏教入門』(白夜書房)がある。


X(Twitter):@curry_boz


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